コロナ禍でオンラインの講演が増えたが、少人数のサロン型の集まりに向いているように思える。さらに拙著をもとに、著者(私)に質問をするという「記者会見型」の授業も今年にはいって何度か機会をいただいた。これは学習効果がとても高いのではないか。その理由はふたつある。

2021年7月29日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


記者会見型という授業


今年にはいって、「記者会見型授業」とでもいうスタイルの依頼を大学から何度かいただいた。私の著書を読んで、学生が質問をするというスタイルだ。いわば「みんなで著者にインタビュー」という形式である。

その変形もある。
拙著をもとに、テーマを設定し、拙著とは異なる視点や他のデータや調査も取り入れ、プレゼンテーション。それに対して、私がコメントをするというスタイルのものもあった。

また、つい先日は高校生によるものも行われた。

最新刊「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか」を使用されることが多いが、中には以前の著書から「豊かな社会づくり」をテーマに行われたケースもある。


一方、学生さんの質問の質やプレゼンテーションの内容を高めるために、教員の方が相当手助けされている。これは大変だと思う。それにしても「記者会見型授業」はとても良い方法だと思った。理由は2つある。


理由1 集中的な事前学習をする機会


ひとつめの理由は、学生さんたちが、拙著をかなり読み込まねばならないという点である。
私も仕事でインタビューをするときは、相手の方についてできるだけ下調べをする。著書を出しているような方だと、できうる限り読み込む。これは、つまらない質問をしないためではあるが、それ以上により効果的な質問をするためだ。

ほとんどの学生さんは、質問することを前提に本を読む経験はないのではないか?結果的に集中的な事前学習をする機会になっていると思う。

大学での講義のあとに、ごくまれに「質問があるのですが」と個別に話しかけてくる学生さんもいる。興味深いのはこういう学生さんの存在は、大学の偏差値の高い低いは関係がないという点。

ところで、「反転授業」なる方法があると聞く。新しい学習内容を自宅で予習し、実際の授業で教員がレスポンス型ともいえる指導をしたり、生徒同士が予習してきたことをもとにグループ学習を行うようなやり方のようだ。

私は教育の専門家ではないが、「記者会見型授業」は反転授業のバリエーションのように思えた。


理由2 質の高い双方向性


2つ目の良さは私との相互のやりとりができることである。

この15年ほど、帰国のたびにさまざまな大学で講義の機会をいただいた。当然のことながら質問が大量に出てくることはない。少人数の授業の場合、できるだけ議論を重視したいと思い、水を向ける。それでもなかなかエンジンがかからない。そんな現実がある。

また、最近の日本では、大学を職業学校か専門学校のように捉える議論が一部である。

しかし、腐っても鯛、大学とは腐っても「アカデミズムの教育機関」である。
自分の考えを言語化し、類似・反対の視点や抽象化された理論を組み合わせ、体系立てた整理をする知的訓練が意図的にできる場所だ。そして、こういう知的訓練は、実際に仕事をしたときに「広い視野」「問いを立てる力」「現状に対するクリティカルな思考」として生きてくるだろう。

拙著「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか」のまえがき


そう考えたとき、やはり大学では意見の交換をどんどんするべきだと思う。私の著書のまえがきにも書いているのだが、そういう議論のための材料にしてもらえると著者として本望だと本気で思っている。

それゆえに、著書を読み込み、著者へ質問(あるいは著者と議論)という「記者会見型授業」は、「我が意を得たり」である。そして、私が一方的に講義として話をするより、かなり学習効果が高いと思うのだ。

そして、こういう形のものを学生のみならず、一般の方ともできると良いかもしれない。(了)


著書紹介(詳しくはこちら

都市の魅力を高めるメカニズムを紐解く
地域社会の人間関係はどうつくるべきか。スポーツの視点から読み解く。

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。