鈴村裕輔さん(名城大学 准教授)が自身の「研究ブログ」に拙著「ドイツのスポーツ都市」の書評を執筆された(2020年5月31日)。ご本人の承諾を得て、当サイトに転載する。
2020年6月2日 文・ 鈴村裕輔(名城大学 准教授)
去る3月25日(水)、高松平藏さんの新著『ドイツのスポーツ都市』(学芸出版社、2020年)が刊行されました。
本書は、実践、観戦、教育など、様々な側面を持つスポーツのあり方について、著者の住むドイツ、とりわけバイエルン州のエアランゲン市の事例に基づいて検討しています。
その際の手掛かりとなるのが、スポーツは都市を形成する要素の一つであるとともに、文化や価値観、伝統の影響を受けているという観点です。
例えば、本書では、ドイツにおけるスポーツ活動の根幹をなすフェライン(der Verein、協会)が企業でも学校の部活動でもなく、日本の特定非営利法人に近い運営形態でありながら、スポーツの分野に限らず様々な分野に設けられており、ドイツ社会の中で大きな役割を果たしていることが指摘されます。
また、街のスポーツクラブから欧州屈指のプロサッカーリーグであるブンデスリーガ1部の所属クラブまで、その大部分が所在する地域に根差して活動していることや、連邦制を採用するドイツでは都市の自律性が強く、スポーツクラブが「都市のエコシステム」の一翼を担うとともに、体系の循環を促す役割を果たしていることがエアランゲン市やニュルンベルク市などの事例から考察されています。
こうした本書の方針は、ある制度や技芸は表面的な仕組みや手法だけでなく、これらの要素を支える文化や文化的な価値が存在しているという考えに基づくものと思われます。
そして、このような考えは文化を「生きるための工夫」(平野健一郎『国際文化論』、東京大学出版会、2000年、11頁)と捉える見方に通じるものであり、スポーツの多義性と多様性を自ずから認める態度に繋がります。
一連の複眼的で現象の背後にある構造を捉えた記述が明らかにするのは、スポーツが経済効果や地域の知名度の向上といった即物的な効用を持つだけでなく、人々の日々の交流や健康の増進、あるいは社会への参画の促進といった目に見えない効果です。
もちろん、著者が指摘するように、ドイツも大小様々な問題を抱えています(本書、216頁)。それでも、理念や理論に基づいた目標を設定し、実現する取り組みが不断になされています。
今回はそのような大小様々な問題を乗り越えようとする取り組みや成果が紹介されただけに、今度は、克服できなかった課題や失敗例も言及されれば、読者にとってはより重要な知見が得られることでしょう。
いずれにせよ、誰もが日常生活の一部としてスポーツに取り組めることが結果的に都市や社会の活性化をもたらすという『ドイツのスポーツ都市』が示す人々とスポーツの関係は、ある種の「開かれたスポーツ像」の典型として、極めて興味深いものであり、意義あるものなのです。(了)
鈴村裕輔 (すずむら ゆうすけ)
1976年生まれ。東京都出身。法政大学大学院国際日本学インスティテュート政治学研究科政治学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。名城大学外国語学部准教授。法政大学国際日本学研究所客員所員、法政大学江戸東京研究センター客員研究員、立正大学石橋湛山研究センター特別研究員。主な専門は比較思想、政治史、文化研究。野球史研究家として日米の野球の研究にも従事しており、主著に『MLBが付けた日本人選手の値段』(講談社、2005年)などがある。また、2009年4月より『体育科教育』(大修館書店)に「スポーツの今を知るために」を連載し、スポーツを取り巻く様々な出来事を社会、文化、政治などの多角的な視点から分析するほか、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌への出演や寄稿を行っている。野球文化學會会長、日本国際文化学会常任理事・編集委員、石橋湛山研究学会世話人。
(以上、研究ブログより転載)