ドイツで取材先の人から「社交辞令」として言われた日本像は「経済力と電車」。残念な気もするが、これも外国における「日本の存在感」として考えると、日本の文化をもっと伝えるべきかもしれない。

2021年5月18日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


日本といえば「経済力と時間通りの電車」


3年前に取材で訪ねた人物、仮にK氏としておこうか。彼から「社交辞令」を言われた。

「日本すごいじゃないですか。経済力あるし、ドイツと違って電車は時間どおり運行されるし」

この話は2018年のことである。

経済?日本はすでにぼろぼろじゃないか。と、首をかしげる人もいるかもしれない。

K氏は高い教養をもつ人物だが、日本について特別に注意を払っているわけではないと思われる。そんな彼は、私との接点をきちんと作ろうとする。その会話の中で私の「日本」という属性を評価する発想がでてくるのは当然だ。そこで口をついたのが「経済力」「電車」ということなのだろう。

K氏は私とほぼ同年代。常識的に考えると、日本のバブル経済のことは記憶している。それで「日本は経済力のある国」という言葉が出てきたのだろう。言い換えると海外に残っているバブルの残像だ。

「電車」については、2018年当時、日本についての報道でわりとよく出てきたような印象を持つ。たまたまK氏はそんな記事を読んだのかもしれない。


ドイツにおける「日本像」は?


ところでドイツからみた「日本像」には大雑把にいえば、次のようなものがあると思う。

バブルの頃は「経済大国」、それに伴ってカメラや自動車などの工業製品が「日本の象徴」になった。当時、ドイツの自動車メーカーの経営者が「日本は自動車にまつわる文化がない国だが」と、負け惜しみというか、愚痴のようなコメントをしていたのを読んだ記憶がある。

そのほかには、クロサワ映画や前衛ダンス芸術「舞踏」などに関心が寄せられた。この時期に大人だった人は、こういうものを「日本の文化」として認知している人が多いように思う。

日本で生まれた前衛ダンス芸術「舞踏」は“BUTOH”として世界に広がった。写真はドイツの舞踏アーティスト、ミヒャエル・フートさんのミュージアムでのパフォーマンス(2011年 バンベルク市)


1997年に「セーラームーン」がドイツでも放送される。
MANGAがブームになり、今日すっかり定着。ドイツの漫画家も増えた。2000年代にはいると、寿司などの日本食にも関心が高まる。

現在の30代以下の世代はMANGAの影響を受けた人も多いと思う。仕事やパーティでこういう人とスモールトークをすると「子供のときドラゴンボール見てました」「ポケモンカード集めてました」というような話が出てくる可能性は高い。

コミックをテーマにしたドイツ地方都市の文化フェスティバル「インターナショナル・コミックサロン」(エアランゲン市 2012年)


他方、クラッシクな日本像というのもある。日本社会には「ヨーロッパ」への憧れがあるが、その逆のパターンだ。欧州にも「東洋へのあこがれ」がある。いわゆるオリエンタリズムの範疇で考えてもよいと思う。フジヤマ・ゲイシャの文脈でできている日本像である。

安価で知られるスーパー「ALDI」による旅行のパンフレット。旅行プランはドイツ国内、オーストリア、スイス、中国、タイなど幅広いが、このときは「日本旅行」をトップに。東京から大阪まで10日間の『夢の旅』。2010年代にはいってもクラッシックなイメージが踏襲されている。(2016年)

バランスが悪い日本・ドイツ


ところで基本的なことを言えば、ドイツにおける「日本好き」よりも、日本における「ドイツ好き」のほうが圧倒的に多い。例えば、随分以前の統計だが、「ドイツ語に翻訳された日本語の本」よりも「日本語に翻訳されたドイツ語の本」のほうが多かった。

この非対称の理由は、歴史的に遡る必要があるし、戦後の日独の対外文化政策の比較なども有効な手がかりになりそうだ。

ひるがえって、世代によってはMANGAを通じて日本を憧れの国と見ている人もいるであろう。
しかし、日本に格別の関心がないと思われるK氏の話にもどすと、「経済・電車」の社交辞令は特殊なものではないのかもしれない。むしろ日本の一般的なイメージは「(バブルの残像としての)経済と電車だけ」と考えたほうが良いかもしれない。

国家による自国文化の押し付けは問題はあるが、相互理解と交流を目的にした平和外交のひとつとして外国に自国のことをよく知ってもらうことは重要だ。(了)


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。