「ゆたかさのしてん」(今井出版)という本がこのほど出版された。鳥取県で活躍される8人について丹念に取材されたもので、地方にもこんな人がいるのか、と思わされる。そして、突飛かもしれないが、ドイツの文化政策との共通点を見出せる。

2021年3月7日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


地方の暮らしの価値を浮き彫りに


この本に登場するのは、自然醸造の味噌作り、地域文化メディア作り、住民参加型番組の制作、廃校の校舎をリノベーションしたビジネステナント事業、採算性と環境保全を両立する持続的森林経営「自伐型林業」など、鳥取で活躍する8名の方の取り組みが紹介されている。

丹念なロングインタビューで、現在に至るまでの経緯や、なぜ鳥取を拠点にするのか、そして一人一人の価値観や人生観と併せて描かれている。

企画と執筆を行った木田悟史さん(=写真)は民間の財団勤務。鳥取県と協同で「地方創生事業」をするために、「仕事」として4年余り前に鳥取に赴任した。

同氏は内閣府のサイトに書かれた地方創生事業の説明を読んだが、<これから日本全体で人が減って税収も減るから、みんなで頑張って稼いで、子どもを生んで、できれば都会よりも地方に住んでもらいたい>ということなんだなと理解した。だがこれには大きな違和感があったようだ。

物静かだが、本質を見極めようとする誠実さを持っている。木田さんはそんな人だ。政府の「地方創生」への違和感に対する取り組みの一つがこの本だったのだろう。<まだ世に出ていない・・・地方の暮らしの持っている価値をなんとか誰かに伝えたいと思った>からと、書籍を企画した動機を記している。


ご当地本がやたらに多いドイツの地方都市


ところで、私が取材フィールドにしているドイツの地方都市には、やたらに「ご当地本」がある。自治体における文化や文化政策の重要な役割のひとつは、自治体の姿を見せることだからだ。

その源泉になるの市営アーカイブだ。これをもとに、歴史のNPOが適宜歴史書を書き、行政も書籍類を出す。

例えば私が住む人口11万人の町を見てみよう。1755年からあるビール祭りの記念年に併せて、市営ミュージアムで歴史・建築・ビジュアルに迫った特別展を行うとともに、書籍を作った。町の1000年記念年では800ページにおよぶ「町の辞典」が作られた。6000円程度の「安くはない」ものだが、6,500部があっと言う間に売れた。

ドイツ11万人の都市、エアランゲン市の「ご当地本」の一部。左から歴史NPOが作成した町の歴史絵本、ビール祭り250周年に合わせて出版された本、市内の外国人を紹介するインタビュー本。町の現在の経済をまとめた本。インタビュー本には私(高松)についても収録されている。


歴史だけでなく、現在の「町」の姿も適宜まとめる。たとえばドイツは継続的に外国系の市民とどのように共存していくかという課題に取り組んでいる。その一環で20カ国・30人の外国人市民がどんなきっかけで町に住み、どんな活動をしているのかをインタビューした書籍が2010年に発行されている。これは市が企画した本だ。「人」に着目した地域本ということでは、「ゆたかさのしてん」と同類といえる。また、行政やNPOだけでなく、地元の作家や新聞社も「地元本」を作ることがある。


愚直な「筋トレ」方式が元気を作る


町の姿を書籍などで随時かたちにし、見せることは地味だが、これで人々の町に対する「精神的近さ」ができてくるのではないか。また、書籍を作る過程そのものが、多くの人が関わることから、ネットワークもできる。

そして町の読者自身が、自分の町の姿を再発見する。本に登場した人と話してみたい、コラボレーションをしてみたいといった人も出てくる。あるいは、外の人に対して町を紹介するツールにすることもある。

こういうことの総体が町の地力につながるのではないか。地味なトレーニングでつくっていく強い体幹と、筋肉が町についてくる。ドイツには小さな都市でも元気なところが多いひとつの理由は、こういう愚直な筋トレ方式の文化の取り組みがあるからだと思う。

「ゆたかさのしてん」(木田悟史 今井出版)

それに対し、日本の地方での取り組みは、ゆるキャラやご当地グルメ、外から人を呼び込もうとする諸々のイベント。広告代理店のような発想が強い。ドイツの地方と対比すると、体幹がしっかりしていないのに、薬物を服用しながら、見てくれだけ良い筋肉を短時間で作ろうとしている。そんなふうに見えてしかたがない。

ここにきて、書籍「ゆたかさのしてん」の中身や、木田さんの「作ろうと思ったきっかけ」を見ると、私にはドイツの地方自治体が発想する文化政策的な取り組みによく似ていると思えるのだ。こうした取り組みが継続的に行われると、鳥取はじんわりと、強い体幹をもった筋肉質の地域になると思う。(了)


高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
拙著ではビール祭りの本や、町の辞典についても触れている。地方を視覚化・言語化することは地味だが、確実に町の元気につながっていると思う。


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら