文化が都市を変えていくことは野田さんが証明された。同時に都市が文化を育てていくようなところがある。その相関関係ができるとダイナミズムのある都市社会ができるにちがいない。写真=ドイツ・エアランゲン市(人口11万人)でのダンスパフォーマンス(筆者撮影)


鳥取大学特命教授・野田邦弘さんの最終講義・対談をYoutubeで視聴した。所感を書きとどめておきたい。同氏は横浜市の職員として文化行政・創造都市の分野で活躍。2005年から同大学地域学部地域文化学科で教壇に立つが、実践活動も。そのほかにも様々な要職に就いている。

2021年3月26日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


「逸脱」に感銘


同氏の最終講義と「鳥の劇場」芸術監督・中島諒人さんとの対談が3月16日に鳥取市内で行われた。講義は「創造都市論の展開を振り返るー鳥取と横浜の実践からー」というタイトル。

個人的なことをいえば、横浜市のことや野田さんのお名前は以前から耳にしていたが、数年前 鳥取に講演で訪ね、その時初めてお会いした。

野田 邦弘(のだ くにひろ、1951年 – )
文化政策学者、鳥取大学地域学部特命教授。福岡市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。横浜市職員となり、コンテンポラリーダンスフェスティバル「ヨコハマアートウェーブ’89」の企画制作や「横浜みなとみらいホール」の開設準備など文化行政に携わる。2005年鳥取大学地域学部地域文化学科教授(文化政策、創造都市論)。文化経済学会(日本)、日本文化政策学会理事、NPO法人都市文化創造機構理事、鳥取県文化芸術振興審議会長、鳥取県地方自治研究センター理事長、あいちトリエンナーレ実行委員、茅ヶ崎市文化生涯学習推進委員長などを兼任。(Wikipediaより 2021年3月26日閲覧)

さて、「逸脱」をカギにした講義では感銘を受けると同時にため息が出た。
横浜市の職員時代、同氏の文化行政の仕事は、それ以前のものとは異なるものだった。先鋭的なキュレーション能力が目立つプログラム作り、文化の観点からみた都市づくりをおこなった。

これは既存の公務員の仕事の仕方とは異なり、「逸脱」せねばできない。もう少し踏み込めば、逸脱につながる気概、実行力に加え、その裏付けになる問題意識や専門知識が不可欠だ。感銘を受けたのはその部分である。


「都市」が意思を持って文化シーンを作る条件とは何か


しかし同時にため息が出た。というのも、ドイツの地方都市と比べてしまうからだ。
私は90年代終わりに人口10万人のドイツ地方都市を初めて目の当たりにするが、施設は充実しており、いわゆるリノベーションによる文化施設も80年代からあった。またプログラムも「文化教室」のようなベタなものから先鋭的な芸術を扱うものまで幅広く展開されていた。あたかも「都市」が意思を持って都市の文化シーンを作っているような錯覚に陥った。

対談の様子。右が野田邦弘さん。(Yotubeより。画像をクリックするとYotubeに飛びます)


取材をはじめると、その理由が見えた。特に日本とくらべたとき、行政職員は異動がなく専門家集団のような性質がある点だ。

文化分野ならば、専門の教育を受けており、修士や博士といった学位を持つ人もいる。また文化をテーマにおいた政治家もいる。当然彼らは、都市と文化や芸術について明確に語れるのだ。(これらについては拙著ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのかで書いている)


「感銘とため息」の先にあるもの


90年代半ば、私は日本の地方のある公共施設で「自治体における文化の意義は?」という取材をしたが、語れる人が職員(公務員)にはいなかった。「この方にきいてください」と紹介していただいたのが、プロデューサーと現場監督を兼ねたような仕事をしている「外部」の方だった。私も若かったこともあり、執拗に質問を繰り返した。実に我慢強く対応して下さったが、明瞭な回答は出てこなかった。たぶん当時、そういう質問を受けること自体なかったのだと思う。

言い換えれば日本の地方で、「都市」が意思を持って文化シーンを作っていくような状況にするには、野田さんのような「逸脱」するエキセントリックな人がいないとできないわけだ。これが「ため息」の原因である。

野田教授とは鳥取へお邪魔するたびにお会いしている。2019年に野外で行った講演でもお越しくださり、最前列の席で聞いてくださった。

それでもこの30年、野田さんをはじめとする先人の尽力もあり、日本の文化政策に変化もあった。(個人的にはまだまだ違和感もあるが)

また、文化政策やそれに類する学科を持つ大学は2000年あたりから増えた。鳥取大もそのひとつだ。同氏によると、都会と地方では学生さんの感性もかなり違うとのことだが、それにしても、文化に関する見識を持った人がそれなりに増えていることになる。「感銘とため息の先にあるもの」がここにあると思う。(了)


高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
ドイツの10万人都市の文化。政治家、行政、非営利組織、企業らがシーンをつくる。


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
. ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。.