新しい価値を生み出すコミュニティの条件

2020年8月11日公開

長電話対談
島田太郎(東芝 執行役上席常務 最高デジタル責任者)
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高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)

開発側・ユーザー側が参加するプラットフォーム「iflLink」を開発した東芝デジタルソリューションズ。ここでは「コミュニティ」のあり方が大切なカギになってくる。ドイツ在住経験を持ち、欧州市民社会のコミュニティを見てきた島田太郎さんと話した。前回、ドイツのスポーツクラブに見るコミュニティについて触れたが、これを受けて、あたらしい価値を生み出すコミュニティの条件について考えていく。(対談日 2020年4月17日)

4回シリーズ 長電話対談 島田太郎×高松平藏
■製造業発のコミュニティは次の社会を作れるか?
第1回 GAFAの本質はコミュニティ
第2回 ドイツのスポーツクラブに見る「コミュニティ」
→第3回 新しい価値を生み出すコミュニティの条件
第4回 一国でしか通用しないアイデアはだめ (最終回)


多様な背景の人がぶつかりあう場にしたい


高松:コミュニティのあり方によって、新しい価値が生まれるというのが、島田さんは考えていらっしゃる。

島田:はい。これまでは単一の目標にむかって、皆で一斉にだーっと行く時代でした。それに対して今日、目標を定めるのが難しい。そういうときは重層的な構造をもっているほうが強い。

高松:なるほど

島田: 背景が全く違う人がコミュニケーションをとって、違ったものの見方とか考え方をたくさん身に付けられるか。そういうものをぶつけあう場所があるか。こういうことが前回お話したドイツのフェライン(非営利組織、アソシエーション)に感じられた。

高松:私は都市の発展というテーマに焦点をあててきました。今世紀初頭に創造都市という研究が注目を浴びましたが、ここでも重要なのが寛容性。寛容性の高い都市は背景の違う人間が集まりやすく、そういう人たちのアイデアのぶつかりあいがクリエイティビティにつながるというものでした。

島田:はい。

島田太郎(しまだ たろう)
新明和工業に1990年入社し、ボーイング社等に出向し航空機開発に携わる。その後も複数の会社で要職を務める。シーメンスAG出向時、ドイツ・エアランゲン市に滞在していた。シーメンス関係では、シーメンス インダストリーソフトウェア株式会社 日本法人の代表取締役社長兼米国本社副社長等を務めている。
2018年に東芝入社。執行役常務などを経て、2019年10月から東芝デジタルソリューションズ 取締役社長にも就任。
1966年生まれ、大阪府出身。

高松:一方、ifLinkは始まったばかりで、現段階では「作る側」の「開発コミュニティ」を充実させている段階。そのため参加者の方が「会社員」としての人格が強いというのが前回のお話でした。

島田:そうですね。開発コミュニティが充実した段階で、「使う側」の「共創コミュニティ」を広げるという構想です。もっとも、すでに女子大なんかとの協力もあります。

高松:なるほど。

島田:日本の文化って、お客様第一なんていいますね。丁寧に一生懸命するのはいいんですけど、やりすぎ。そうじゃなくて、皆が何かを持ち寄るやり方にしないと。開発(作る側)・共創(使う側)両方のコミュニティがifLinkでマッチすると、「会社員」というような特定の属性が前に出てこない、ドイツのようなコミュニティができる。


日本の「ソシエティ 5.0 」への違和感


高松:ifLinkを知ったとき、思い出したのがドイツ政府が推進している高度技術戦略 「インダストリー4.0」 。 これは、島田さんのほうがお詳しいですが。

島田: ドイツが作ってきたハイテク戦略のなかのひとつですね。経済から学術など、大きな範囲を見て、ドイツが勝てそうなところを探して「インダストリー 4.0」と切り出した。

『ドイツに学ぶ科学技術政策』(永野博 著・ 近代科学社、2016)で「つなげること」をカギにインダストリー4.0を次のように説明している。

<狙いはあらゆることを「つなげること」である。…略… 簡単にいえば、(1)企業内の経営から現場までの情報の流れをつなげる (2)自社と他社の情報をつなげる (3)生産されるものに関する原料から廃棄されてリサイクルされるまでの情報をつなげる。>(117ページ)

以上の説明から単純にIoTを工場に導入するだけのことを指しているわけではないことがわかる。なお写真はニュルンベルクで行われた科学イベントの記者会見での様子。大学によるモデルを使った企業向けインダストリー4.0に関するレクチャープログラムの説明。(2019年、高松平藏 撮影)



高松:それに対抗するかのように日本では「ソシエティ 5.0 」※なんてのが出ています。

ソシエティ5.0:サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)(内閣府のホームページより)

島田:はい。ドイツで「インダストリー 4.0」なんてのが出てきたぞ、やばいぞと。しかしIoTなどいろいろ盛り込まれているけど、 よく見ると 「範囲は限定されてるよね」って。それを無理やりぎゅーと広げてたのが「ソシエティ 5.0」。

高松:「無理やり」という点、全く同じ印象です。 乱暴な表現をすれば「製造業」に無理やり「社会」をくっつけたような感じがある。
それに対してドイツのほうは、デモクラシーや連帯、自由、あるいはフェラインに見いだせるコミュニティ感覚などが伴う「社会」が最初から厳然とある。その上で「インダストリー4.0」を打ち出しているわけです。だから日本側が「ソシエティ 5.0」を欧州で自慢げにアピールしても、なんで「社会」を今更くっつけなきゃいけないのかと見えます。

島田:そうです。話にならない。通じるわけがない。

高松:ふふふふ

高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。最新刊は「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (2020年3月)。
「地方都市の発展」がテーマ。各著書では、この対談で触れる「ドイツのコミュニティ」の様子についても具体的な例を挙げて書いている。1969年生まれ。
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島田:でもね、それはしょうがない。欧州の人たちは常に連帯とは何か、コミュニティとはなにか常にさらされていて、日本とは状況が違う。マルチステークホルダーの利害関係を調整して新たな概念を作るというのは、ヨーロッパのほうが生まれやすいという環境にある。

高松:まあ、そうですね。

島田:でもそういうことを勉強してね、本来そういうのが生まれにくい日本から作りだしてみようと思っています。


イニシアティブを自由にとる個人


高松:ifLinkの話に戻します。こちらで想定されているコミュニティに対して、私自身、違和感があるんです。まず、ifLinkというのは製造業を発展させたもので、 製造業をベースにしたコミュニティと理解しています。

島田:そうですね。

高松:それに対してドイツの場合、「インダストリー4.0」にしてもそうですが、製造業であろうが何でも「社会」をベース成り立っているという世界観がある。しかも、その「社会」は自分たちで作っているという意識が伴います。

ネットによる対談。私(高松)にとって、製造業などの分野はそれほど馴染みがない。それゆえに島田さんの話には興味が尽きない。


島田:はい。

高松:こういう意識だから、公共の空間(社会)でイニシアティブをとる自由もある。もちろんいくら自由だからといって、他者の自由を阻む行為はだめです。しかし日本で自由と社会の話になると、「迷惑にならないように」という話のほうが大きくなる。

島田:人間としての権利から始まりますからね。その考えがドイツ人には浸透していて、自由には制限があることを強調しなければならない部分もある。日本はどちらかと言えば滅私奉公。「権利」というよりも、「みんなのため」という感じです。

高松:ifLinkの構想をお聞きしていると、もちろん他者の自由を邪魔してはいけないんだけど、自分からイニシアティブをとってもよいという公共空間における「自由」の感覚が必要ではないかなと思えるんです。

島田:そうですね。

高松:それゆえifLinkを製造業の発展型として考えるとですね、まだ始まったばかりとはいえ、申し訳ないのですが、「イニシアティブを自由にとる個人」のような感覚が伴っていないように思えるんです。

島田:なるほど、おっしゃることはよくわかります。そのへんの話を最後にしましょうか。(第4回に続く)

次回、「一国でしか通用しないアイデアはだめ
ifLinkは世界に広がる可能性を秘めているとか。最終回、佳境に入ります。

4回シリーズ 長電話対談 島田太郎×高松平藏
■製造業発のコミュニティは次の社会を作れるか?
第1回 GAFAの本質はコミュニティ
第2回 ドイツのスポーツクラブに見る「コミュニティ」
→第3回 新しい価値を生み出すコミュニティの条件
第4回 一国でしか通用しないアイデアはだめ (最終回)

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