日本の地方行政の人事のあり方は、日本社会にとって不利益をもたらしている。

2022年9月15日 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


日本はなぜ議論が矮小化するのか?
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あるオンラインミーティングと、私が住む町を訪ねてくださった研究者の方から、偶然同じような「問題」を最近聞かされた。

それは、ひとつの課題に対する、日本の地方自治体の行政問題で、次の3つに集約できる。

  • 他の自治体の事例ばかり気にする
  • そもそも、役所の担当部署の担当者にやる気がない
  • その逆もある。担当部署職員がやる気があっても、上の役職の人やトップが課題の問題点を理解しようとしない。あるい一面的で対症療法的な議論に終始する
関連記事:議論が矮小化すると概念化がなされていない直感的言葉の連呼になる。バズワード・ポリティクスという日本の問題だ

なぜこういう問題がおこるのか?

構造的なことから推測すると、数年ごとの異動があるので長期的視野を持つ必要がない。そのために職員の専門性も高める必要がないからではないか?

専門性が低いと、議論は対症療法的で「(わかりやすくコピーできる)成功事例」に注力するのも当然だ。その結果、内容は明確ではなくとも、とにかくワンフレーズの連呼で議論が進む。「バズワードポリティクス」とでもいえるような現象である。

一方、その裏返しで、やる気たっぷりで、向学心の強い行政マンが、いよいよさらに活躍できるという状態になったときに人事異動。未練たっぷりに別の部署へ移られる方もいる。

役所内には「役所内の理論」があるかもしれないが、こういう構造は社会全体的に見た時にマイナス面のほうが強いと思う。

ドイツの行政に目を転じると、職員は専門の教育を受けており、基本的に同じ部署で仕事をし続ける。もちろん、ドイツにも様々な問題はあるが、日本の行政とは真逆の構造が見いだせるのだ。(これは15年以上前から私は指摘している)

ちなみにオンラインミーティングで聞いたのは「スポーツ・教育」の分野。私を訪ねてくださった研究者の方の話は「文化」の分野である。(了)


著書紹介(詳しくはこちら
ドイツの地方都市の行政マンはこんなふうに仕事をしている 


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら