ワクチン接種をする、しないは個人の自由か?それと集団のための行動か?ドイツでも一筋縄ではいかない問題だ。ただ、議論をすすめる上で必要な3つの原則がある。

「健康づくり」2021年9月号(発行: 健康体力づくり事業財団)寄稿分をもとに執筆。状況は執筆時のもの。

2021年12月15日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


ドイツは個人主義クラブだ


個人主義というと「わがまま」「自分勝手」などの言葉を思い浮かべる人もいるだろう。

いうまでもなく、この考え方は西洋から入ってきたものだ。
ドイツも個人主義の国だが、その極意は「自己決定をする私=自由」を最大化することだ。しかし同時に「他の個人」とどういう関係を築くべきかという課題が出てくる。個々人は自由だが、社会全体の一体感も必要というわけだ。いわば「個人主義クラブ」の存続とそのメンバーであり続けることは、それなりに義務や責任を負うということである。(もちろん自己の利益だけを求める「エゴイスト」もドイツにはいる)

それに対して、日本は「個人主義」という考え方を知ったものの、一体感の伴うクラブを作れず、非情なまでの自己責任論に陥いった。もしくは「オンリーワン」などと、個性を強調するしかなかった。

しかしここにきて、昨今の日本で「自分ごととして考える」といった類の表現をよく聞かれるようになった。ドイツから見ると一抹の違和感もあるが、積極的な評価をするならば、ようやく個人主義クラブとしての社会の議論が始まったといえる。


ワクチン義務化の議論は状況によって左右する


さて、本稿は元祖「個人主義クラブ」圏のドイツにおけるコロナの話題である。

初期には外出制限をめぐる問題が出た。
皆の自由を取り戻すために政府(権力)は外出制限を課す。それは期間限定で、権力の暴走を止める安全装置もつけている。とはいえ、個人の「自由」の権利と著しくぶつかる

同様の問題で次に出てきたのが、ワクチンだ。この議論は昨年春以降、今も続いている。

ワクチン接種は、自分の感染リスクのみならず、他の個人への感染リスクも小さくできる。摂取を権力が強制することは「赤信号では止まりなさい」という規則を作るのと同じだ。止まることで他者の安全な移動が実現できる。

ただワクチンは交通信号のように単純ではない

昨年4月の段階では「義務化すべき」という意見が比較的多かったが、ワクチンの安全性が信頼できないという人が増え、義務化への賛同は減った

Google検索に表示されるGoogleロゴもこんなものが作られた。


ここにきて、予防接種を受けた人は増えたが、「予防接種を受けない人は反社会的だ」という意見も出てきた。つまり「個人主義クラブ」の存続のために、各人はワクチン接種という集団的な責任を負いなさい、ということである。

ところが摂取の強制は「自己決定(自由)」と合わない。またワクチン接種を拒む人によっては「人との距離をとるなどの手段で社会的責任を負える」と判断する人もいる。

一方、報道によると、ドイツ病院協会会長ゲラルド・ガス氏は、摂取が進んだ状態では、ある程度の高いレベルで保護が達成されている。だから集団的な責任から、個人の責任へ移行すべきだという認識を示している。

時系列で見てみると、ワクチン接種の義務化をめぐる議論の風向きは、状況によってかなり変わるということだけはわかる。ここが、「交通信号」のように単純ではないところだ。


政府と市民が確保すべき3つの大原則


ワクチン摂取義務の結論を導き出すのは難しい。

ただ「個人主義クラブ」で、政府が保障せねばならないことと、市民側が要求すべきことは次の3点が大原則だ。

  1. 政府は透明性を伴う情報発信を行う
  2. それに対して多様な意見・検証を盛り込んだジャーナリズムが必要(政府は全力でそれを保障)
  3. 個人がこれらの情報を、正しい文脈で理解し、そのうえで自己判断できる能力の獲得

たとえば、ワクチンの安全性について、筆者は専門外だが、ひとついえることは、データ以上に心理的な要素も影響する。自動車よりも飛行機のほうが事故が圧倒的に少ないにもかかわらず、一件の飛行機事故の報道で空の旅をやめるようなことを想像するとわかりやすい。

その観点から言えば、ワクチン対策に対して、連邦政府の初期の広報戦略やメディアの報道が不十分、あるいは適切ではなかったという批判もある。

個人主義社会の健康の論点ははっきりしているが、一筋縄ではいかない。(了)


高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
「個人主義クラブ」のドイツの市民社会は地域をどうつくっているのか?


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。