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西村:有機いちご農家をいくつかヒアリングしましたが、大変そうでした。病害対策でしょ、それに収穫には機械は使えず、完全手作業で地面に這いつくばってやらなければならない。労働者を雇って収穫してもらうわけで、大きなコストがかかる。

高松:そうでしょうね。

西村:そこでブルーベリーを見ると、作業性がよくて収益も上がりそうだ。じゃあいちごやめてブルーベリーに切り替えようなんてことがどんどんおこる。価格競争などのコンフリクトにつながる。


コロナ禍で見えた独立コミュニティの強さ


西村:一つ希望があるとすると、家族農業。大規模に季節労働者をやとってドンと単一の作物を作るんではなく、家族農業で少量多品種作る。

高松:なるほど。

西村:それで販売はローカルとファーマーズマーケットダイレクトマーケティングして。それと遠くへ出荷するのではなく、ローカルの人を相手にやる。それが唯一の生き残り。とくにCovit-19 の状況下でね。見直されると思う。

高松:確かに。ドイツの農業地帯でも地元マーケット重視した動きはあった。また報道を見ていると「グローバル経済のサプライヤーの構造がいかに脆いかが露呈、地域内経済が見直されるだろう」という論調はある。でもね、Covit-19が去ったらほとんどもとに戻ると思う。

ドイツ・ニュルンベルク近郊の農業地帯は地域のレストランなどへ野菜を卸しているが、コロナ禍の2020年は地元の宅配での販売が増えた。同農業地帯は毎年、誰もが訪問できる「オープンドア・デー」を開催している。さしずめ「農業地帯メッセ」のようで、農家は訪問者たちに対して説明(=写真)などを行う。(高松平藏 撮影)


西村:ふふふふ。3年とか5年のサイクルで見たらそうでしょうね。それはもう、東日本大震災、神戸淡路大震災をみたらよくわかる。4、5年したら、「なんやったんあれ?」みたいな感じがどうしてもある。

高松:それだけに、この時に起こった問題とか、考えるべき課題をきちんと自覚することが大切。今後の政策とかリスクマネジメントに反映できるはず。

西村:僕のいたサンタクルーズ周辺というのは、大きな商圏を形成しているサンフランシスコ・ベイエリアの中でもちょっと一山こえて隔絶された独立コミュニティみたいな感じがあってね、けっこう地域内自給ができている感じの場所だと思う。

高松:なるほど。

西村:わりと顔の見える範囲で、それこそファーマーズマーケットで何曜日はここ、何曜日はここってやられている。なんとなれば、そういうローカルなものだけ食って一週間すごせるみたいな感じはある。だから今回も新型コロナウイルス感染者が少ないんですよ。(了)


対談を終えて 
見えてきた「持続可能性」に至るまでの地図

今やSDGsに代表されるように、「持続可能性」という概念は世界の課題だ。

ここに至るまでのドイツの歴史的経緯を見ると、まずは工業化・都市化という「主流」に対する反対意見や一線を画す別の考え方(オルタナティブ)という形で現れてくる。戦後は大量生産・大量消費、自然破壊などが異議申し立ての対象である。そして、これらの「反対」とは、「人間の尊厳」を際立たせていくことでもあった。

他方、この「反対」は、やがて「主流のなかの一つ」というポジションになってくる。「環境問題」という文脈である。

その代表格が「緑の党」だ。初期は「ただただ主流への反対」という傾向があったが、やがては議員を輩出する政党として発展し、現実をよく見ながら取り組む「権力側」へも達した。こういう動きと並列に「環境問題」は「持続可能性」という、より網羅的で、普遍的な概念につながっていく。

そういう大雑把な理解のもと、西村仁志さんのアラン・チャドウィックの論文を読んだ。ドイツ及び欧州から生まれた、オルタナティブの発想を「アメリカ大陸まで持ち込んだ人」と私には思えた。いわば今日の「持続可能性」の成立過程の一端である。西村さんと話すことで、「持続可能性」に至るまでの地図のようなものが少し見えてきたと思う。(高松平藏)

4回シリーズ 長電話対談 西村仁志×高松平藏
■欧州からアメリカへ伝播する「緑の思想」
第1回 アメリカ社会の肌触りとは?
第2回 頑固じいさんに若者が心酔した
第3回 ドイツから米国へ、まるで大河ドラマ
第4回 若者の反抗から「持続可能性」へ  

ドイツ・エアランゲンからネットを使って対談。あたかも「長電話」の如く、長尺対談記事の一覧はこちら