2015年に行われたスポーツイベントで挨拶をするスザーネ・レンダー・カッセンス市長(右)。司会のパントマイマー氏との掛け合いもスムーズに。ちなみにこの時のテーマはインクルージョン(誰も排除されない社会)だった。

私が住むエアランゲン市(人口10万人、バイエルン州)には2人の女性市長がいる。倫理的な価値を示し続けるような役割が目につき、人の住む空間として都市の持続可能性への信頼性を生み出すカギになっているように思える。

2016年3月4日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


2人の女性市長


ドイツの地方自治の仕組は州によって多少違いがあるのだが、エアランゲン市の場合、上級市長(1人)と市長(2人)というポジションがある。われわれに馴染みのある理解をするならば、市長と副市長ぐらいの感じだろうか。上級市長は今年36歳の男性、2人の市長が50代半ばの女性だ。

その内の一人、スザーネ・レンダー・カッセンスさんは緑の党の所属で今の『政権』ができた2014年から市長職についている。また兼任で、『環境・エネルギー・健康・スポーツ・社会文化』大臣のようなポストも務める。

2003年から市長職にあるのがエリザベート・プロイス博士。中道政党の所属で、やはり『社会福祉・外国系市民の社会的統合・インクルージョン(誰も排除されない社会)・人口動態』大臣のようなポストを兼任している。


市長たちは町で何をしているのか


この2人には、記者会見や種々の集まり、イベントなどでしばしばお目にかかる。
市内の若者を中心にしたヒップホップのグループのイベントに立ち寄った時のことである。ジーンズにTシャツ姿の小柄なレンダー・カッセンス市長が若者たちと楽しそうに喋っていた。イベントの祝辞を述べるためにやってきたのだった。

ドイツ語の二人称には『君・お前』といった親称と、『あなた』という社交称がある。親称は日本語の語感でいえばタメ口といえば分かりやすいだろうか。緑の党は設立経緯に学生運動の影響なども大きいことなどもあり、最初から党員同士も親称を使う。
この時、同市長も若者たちと親称を使い、若者たちも全く違和感なく話していた。『10代のころからデモなどに参加していた』というが、そのせいか同氏の存在そのものが、市民参加の雰囲気をうまく作っているような印象がある。

エリザベート・プロイス博士。中道政党FDPの所属。市長職は10年以上。(筆者撮影)

プロイス市長は人権や人道主義を常に市政に留めようとする発言が多い。エアランゲンにも難民が日々流入しているが、受け入れを推進。また昨年はフランスでテロがあったが、その追悼集会や、人種差別反対のデモなどにも必ず参加するなど、様々なかたちで、市として倫理的価値を持ち続ける意向を発信している。


『都市の持続性』への信頼はどう生まれるか


エアランゲン市の難民受け入れや外国系市民の社会的統合を積極的に進めているが、それができる背景に、経済力は外せないだろう。同市はドイツ国内でも一人あたりのGDPはかなり高いほうだ。

言うまでもなく、国家や自治体は様々な利益対立や市場経済の影響と不可分だ。しかし倫理的価値観をきちんと入れておかねば、殺伐とした国や都市になる。それは持続不可能を意味するだろう。

こういった議論は先人はさんざん行ってきたわけだが、エアランゲンを見ていると、人間の尊厳など倫理的価値観をきちんと機能させようとする力が働いている。2人の女性市長はその象徴と見てもよいだろう。だからこそ、市民参加や自由な議論が担保され、『都市の持続性』への信頼が生じているようにも思う。

以前、プロイス博士に取材したときも『(外国人への)寛容は都市の立地条件を高めることにもつながる』と話していたが、一定の説得力がある。

それにしても、2人の女性市長は仲が良いようで、お互いを愛称で呼び合っているのを聞いたこともある。50代半ばの市長をつかまえて使う表現ではないかもしれないが、クラスのリーダーシップをとる積極的な2人の女子生徒コンビのように感じることがある。(了)


著書紹介(詳しくはこちら
2人の女性市長の活躍する様子も出てきます。


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら