
ドイツ・エアランゲン市の地元紙で、市内ブリュック区の消防団の150周年記念行事が大きく取り上げられた(2025年7月5日付 エアランガー・ナッハリヒテン紙)。パレードや車両の祝福式典、地域住民や行政、企業関係者が集う祝賀の様子が描かれているが、同時に、地元の大企業シーメンス社の企業内消防と、地域消防団との緊密な協働体制にも注目が集まった。
2025年7月5日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
ブリュック区は、エアランゲン市(バイエルン州)の一地区だ。19世紀には独立した村だったが、現在は市の一部として約13,000人が暮らしている。エアランゲン自体は人口約12万人、世界的な電機メーカー・シーメンスの拠点としても知られる都市だ。
日本で消防団といえば、地域コミュニティに根ざした地縁組織というイメージが強い。しかしドイツでは、消防団は多くの場合、非営利法人として法人格を持ち、独立した市民団体として運営されている。行政や企業との連携も、制度的・契約的に明確に規定されている点が特徴だ。
シーメンス企業内消防とブリュック消防団のコラボレーション
シーメンス社は20世紀初頭から、自社敷地内の防災・火災対策のために企業内消防を設置してきた。エアランゲンでも、拡大する工場や研究所の安全確保のため、専門職員による常駐型の消防隊が組織されている。一方、ブリュック消防団は地域住民によるボランティア組織であり、伝統的な市民社会の担い手でもある。
両者の協力関係は2005年、正式な協定によって始まった。これはドイツ国内でも先進的な取り組みであり、企業と地域消防団が互いの人員・設備・ノウハウを共有し、平時・有事を問わず相互に出動・支援する体制が構築された。たとえば、日中の勤務時間帯はブリュック消防団の人員が不足しがちだが、その際はシーメンス側の常駐消防が地域の火災にも出動する。逆に夜間や週末は、地域消防団が企業敷地内の火災にも応援に駆けつける。車両や装備の一部も共同利用され、定期的な合同訓練や情報交換も行われている。
エアランゲン市議会の公式議事録や、バイエルン州消防専門誌などによると、両者の連携は行政・企業・市民社会が三位一体となって都市の安全保障を担う「パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)」の先進例と位置づけられている。
多様なコミュニティが生み出す都市の持続可能性と課題
都市とは「見知らぬ他人が集まった空間」であり、伝統的なムラのような地縁組織は成り立ちにくい。一方で都市の持続可能性やレジリエンスで重要なのが「多様な目標を持つコミュニティ」の存在は不可欠だ。多様なアソシエーション型コミュニティ※の存在こそが、都市の柔軟性と持続可能性を支えている。ドイツの場合、消防団も地縁組織ではなく非営利法人になっているのは「都市型コミュニティ」と対応している形だ。それにしても、ブリュック消防団は制度的には非地縁的でありながら、地区の歴史的連続性と密接に結びついている。
※共通目的で自発的に集まる市民組織=アソシエーション型
ともあれ企業内消防、行政、ボランティア団体など、異なる背景や目的を持つ組織がネットワークを形成し、相互に補完し合うことで、都市の危機対応力や社会的包摂力が高まる。エアランゲンの事例は、都市の「質」を底上げし、持続可能性を高めることを示唆している。
また両者の連携は、火災時の対応力を強化するだけではない。合同訓練や地域イベントへの共同参加を通じて、企業と地域住民の間に信頼と相互理解が生まれる。さらに、消防団の若手育成や技術革新、資機材の共有といった副次的効果も大きい。こうした協働モデルは、他都市や他分野にも応用可能な社会的イノベーションと言える。

企業との市民組織の連携にはリスクもある
一方で、企業と市民組織の協力関係にはリスクも存在する。想定できるのは都市の防災や安全保障が特定企業の経営判断や市場動向に左右されやすくなる点だ。
たとえば、シーメンスが事業再編や拠点縮小を決断した場合、企業内消防の規模や機能も大きく変化する可能性がある。その影響は、地域全体の安全体制にも波及しかねない。また、エアランゲンのように大企業が立地する都市は限られており、このモデルが全国的に普及するには、自治体ごとの事情や企業側の意欲、法制度の整備が不可欠だ。さらに、企業と市民組織の力関係や、公共性・透明性の確保といった点も継続的課題と言える。
ところでエアランゲン市は日本的な評価をするなら「企業城下町」と呼びたくなるだろう。日本の自治体での企業は「父権主義的」と指摘されることがあるが、そのような存在ではない。確かにエアランゲンでもシーメンス社は都市開発での協力関係もあり、雇用創出にもつながっている。それにしても、対等性と透明性を重視する姿勢が、この「消防連携」にも色濃く表れている。(了)
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世界の最前線としてのドイツの地方都市

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。