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西村:住んでいたところは地名的にはサンタクルーズなんです。でもシティ オブ サンタクルーズの境界線の外でね、地名としてはサンタクルーズなんだけど、共同体としてのシティ オブ サンタクルーズからははずれている。そういう場所が実はたくさんあるのがわかった。

高松:共同体としてのシティ オブ サンタクルーズからはずれているところについて、行政的にはどうなんですか?

西村:行政的にどこがめんどうを見ているのかというと、ひとつ上の行政組織であるカウンティ、郡ですね。なかには市警察をもたない市もあったりしますが、そこは郡のシェリフ(保安官)が担当する。

オンラインで「長電話」中の西村仁志さん。サンタクルーズ滞在中はワイン作りを手伝いにいくなど、地元の社会との接触も多かった。

 高松:人種や外国系市民による「並行社会」の要素もありそうですが、歴史的にいえば住んでいる人が自主的に共同体を作って、その上に行政的な組織をかぶせているような感じがしました。

西村:そうですね。住民によるアソシエーション(共同体)が、しだいに制度を整えていわゆる行政組織になってきたのだと、次第に理解するようになりました。

高松:なるほど。

西村:他にもいろんなトピックが思い出されます。例えば先ほど話した家賃の高騰やホームレスの問題。こういうことに対する意見表明がローカルメディアや路上のポスターやプラカードなどで見られ、市民による支援活動もそこかしこで表面化している。

高松:ドイツでも同様のことがあります。

西村:それを見ているとね、高松さんが以前に指摘されていた「都市の歴史は『人間の尊厳』を実装してきた歴史」だというのが、ここにもたしかに底流としてあるなと思っていました。これらをつないでいって浮かび上がるものが「肌触り」だったなと思い出されます。

「都市の歴史は、人間の尊厳を実装してきた歴史」という観点から書いた記事。「日本企業のSDGsで決定的に抜け落ちているもの」はこちら



高松:ありがとうございます。各地域や国で積み上げてきているものがあり、それが特有の「社会の肌触り」になります。だから一言で表現するのが難しい。

西村:そういうことですね。

高松:私はドイツのことを書くとき、この「肌触り」をできるだけ表現しようとしています。言い換えれば外国人によるドイツ社会の言語化ですが、本に書いていること3割とか4割は、ドイツの人々にとって「当たり前のこと」。だから、私の本をドイツ語に翻訳しても、たぶんドイツの人にとって、大して面白いものではない。

西村:なるほど。この対談の前にね、日本とアメリカの国立公園関係者がオンラインで会議を行ったんです。私も参加したのですが、同じようなことがありましたよ。

高松:アメリカの国立公園ヨセミテへも毎年のように赴いていらっしゃいますね。

西村:はい。それでね日米の国立公園のなりたち・制度は大きく異なるので、日本側からかなり説明しないと「日本側はこんなことになってます」ということがいえない。たった5分の持ち時間のうち3分をそこに費やしてしまう。

高松:ふふふ。欧州もアメリカも、「社会の肌触り」が異なり、またそれを言語化するのもかなり大変だということがよくわかりました。それを考慮しながら、欧州発の「緑の思想」とでもいうものをアメリカへ運んだ人物として、アラン・チャドウィックのことについてお話したいと思います。(第2回へ続く)

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アラン・チャドウィックとはどんな人物?
第2回「頑固じいさんに若者が心酔した」に続きます

4回シリーズ 長電話対談 西村仁志×高松平藏
■欧州からアメリカへ伝播する「緑の思想」
第1回 アメリカ社会の肌触りとは?
第2回 頑固じいさんに若者が心酔した
第3回 ドイツから米国へ、まるで大河ドラマ
第4回 若者の反抗から「持続可能性」へ


ドイツ・エアランゲンからネットを使って対談。あたかも「長電話」の如く、長尺対談記事の一覧はこちら