
2025年9月1日 文・高松 平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
特定非営利活動法人ダンスボックス理事長だった大谷燠(おおたに・いく)さんが亡くなった。
1990年代、私は彼と頻繁に顔を合わせていた時期があった。この頃の私は舞踏やダンスを入り口に、さまざまな関心が広がり、そこからいろんなアイデアが浮かんだ。それを形にしようとした時、大谷さんに話した。結果として、私が未熟だったことから失敗もあったが、アイデアを実現するプロセスを学んだ。また、大谷さんとの対話から、ダンスの見方や、それをどう言語化するかについて、ずいぶん刺激を受けた。それに、一昔前の日本の文化シーンのエピソードもよく聞かせてもらった。
大谷さんは関西のダンスコミュニティの中核的な人物だった。彼との交流を通じて、異なる専門家たちの力によって舞台が作られることを知った。ダンスアーティストはもちろん、照明・音響などをはじめ、「舞台芸術に関わる広い裾野」の人たちの活躍を目の当たりにし、そして交流にも繋がった。
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日本では90年代初頭から劇場運営やアーツマネジメントなど、文化や芸術について政治や経済、経営などの観点からの検討が始まっていた。そして新しい概念や用語も次々登場する。「平ちゃん、こういう言葉聞いたんだけど、どういう意味かな?」と、いつもフラットな姿勢で接してくださった。若い頃の私は生意気で、時には失礼な言動もあったと思う。しかし大谷さんは、それを非難したりすることもなかった。今振り返ると、なかなかの「先生」ぶりで、いわば「大谷学校」で学んでいたようなものだった。
私は今、地方都市の発展をテーマにしているが、出発点はダンスだった。「大谷学校」で私は舞台芸術のリアリティを知った。そしてそこでの体験や見えてくる課題を、常に比較対照しながらドイツの都市を取材し始めた。だから初期には劇場や文化施設の記事が多い。そして、取材を進めるうちに、劇場が単独で成り立っているのではなく、都市全体の中の必要要素として成り立っているのが見えてくる。ここから「都市発展」というテーマに軸足を移すことになる。
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最後に大谷さんに会ったのは2010年。Art Theater dB 神戸で「10万人都市の文化施設と生活 ドイツ・エアランゲン市の事例から」という講演をした時だった。「公演後」、いや講演後の「打ち上げ」では、「彼はね、昔、若いのにこんな(センスの)言葉を持ち出して、面白いなと思ったんですよ」と同席していた人たちに90年代の私との交流を紹介をしてくれた。面映い気持ちと共に、その言葉を鵜呑みにすると、「ああ、こういうところを面白がってくださっていたのか」と思った。
帰国するたびにArt Theater dB 神戸を訪ねようと思いながら、気がつけば10年以上の年月が経つ。それにも関わらず、大谷さんの訃報を聞いて以来、この数日、当時の交流の記憶が次々よみがえってくる。1990年代の交流は自分にとって、思いのほか大きなインパクトだったようだ。それが、この文章を書いた理由だ。(了)
高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら)
歴史と文化は「都市の質」を作る

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの