渋沢寿一著「人は自然の一部である」を読んだ。私自身の関心に引き付けて、その所感を記しておきたい。


著者の人物像を予測してみた


著者・渋沢寿一氏の体験・知見・洞察に基づいて、「日本と日本人」の変化が書かれたものとして私は読んだ。

同氏は1952年生まれ。経歴を見ると、国際協力、企業経営、NPO法人共存の森ネットワーク理事長など、幅広い分野で活躍されている。

また第二次世界大戦後の日本の復興、経済成長を体験した世代で、日本以外での経験も豊富。そのため、古い「日本人」の共同体と身体の感覚を理解しつつも、日本の変遷を外部から俯瞰する視点を持っている人ということになるだろう。

前書きで触れられているが、同氏の広い実践と視野は、「渋沢栄一の曾孫」としての運命を、自分の生き方に受け入れられた証左と言える。


1960年代の転換点


人は自然の一部である(渋沢寿一著 地湧の杜 2023年)
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なるほど、と思ったことがある。自然の中で持続的に暮らしていた先祖の価値観が変化した分岐点が1960年代だという指摘だ。

かつての先祖は五感を使って世界を理解し、身体性のある社会で生活していた。しかし、現代では文字や画像に頼り、社会を見つめるようになったことが指摘されている。書籍タイトルに引き付けると、「人」が自然の一部であった過去から、自然を客体化するようになったと言うことか。

著書では、1960年代に新聞記者として活躍した司馬遼太郎のエピソードが引用されている。当時、岩手支局にいた司馬は農村の人々が口数が少なく、支局で調査したところ、平均で400語程度の語彙しかないという結果が出た。自然と共存していた時代では、お互いの意思疎通が言葉よりも身体性で行われ、それ以上の言葉は必要なかった。

しかしその後、週刊誌などのメディアが発展し、大学の入試を受ける人が増え、現在の一般的な日本人の成人は4万語を超える語彙を持つようになった。このような変化により、かつての身体性や感覚が失われたという見解が示されている。


読者の私のこと


私はドイツでジャーナリストとして活動している。住んでいる町をベースに取材や調査を行っているが、同時に市民でもある。この視点から、日本社会に向けて、重要な出来事やその背景を記事や講演といった形で発信している。

興味深いことに、長年このようなことをしていると、あくまでもアジア系外国人としてであるが、欧州やドイツの考え方と社会の作り方(理論と実践)について、知識と肌感覚で、ある程度理解できるようになったことだ。


翻訳コピペという課題


ときに、日本では現在も「ドイツには先進事例がある」と礼賛する意見と同時に、「西欧文明は限界に達した」とする批判も存在する。この批判には、大抵「日本に元々あった考え方」がこれからは望ましいのだ、という意見がセットだ。ただし礼賛・批判、どちらの意見もしばしば西欧文明を適切に理解できていない。実はこの本のタイトルを見た時は、後者の部類かと思った。

日本の近代化過程は主に西欧の「翻訳コピペ」に依存しており、これが肌感覚の欠如や誤訳・誤読を生み出している。これはやむを得ない側面もあるが、この150年間、日本は西欧文明と向き合わざるを得なかった。

さらに、(アメリカによって作られたとしても)憲法などの文言には、例えば「自由」などの西欧の価値観に基づいた言葉が並んでいる。

だが、いよいよ今日、これらの翻訳コピペで使われている言葉や概念を丁寧に理解する必要がある。これが私の見解だが、1960年ごろの変化を見ると、西欧文明の理解に必要な言語感覚がこの頃に芽生え。楽観的にいえば、西欧の価値観を咀嚼する「かまえ」ができてきたということか。


「自然の一部」には戻れない


持続可能性社会を目指す実践家である渋沢寿一氏は、愛を説き、愛を与え、思いやることが重要であると結論づけている。

そして「日本と日本人」の変化を知ることで自分たちで考え、行動してほしい。これが著者から若い読者へのメッセージといえる。しかし、揚げ足を取るようだが、もはや「人は自然の一部だ」という思想を展開できても、実際に「日本人」が自然の一部に戻ることは難しい。

だからこそ、行動するにも、言葉を操らねばならない。ただその方向性は建設的なものが望ましいが、著者の言葉でいえば、それこそが愛ということになるだろう。(了)


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。