「そうだ、エアランゲンへ行こう!」と思った方へ

「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」(学芸出版)を今年の9月に上梓したが、出版が決まった当初から懸念していることがある。それは、この本の内容の中心になっているエアランゲン市を訪ねたいという人が増えすぎることだ。

2016年11月2日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


「先進事例」という病 


かつて環境問題で玉石混交の視察団がどっとドイツを訪ねた時期がある。そんな「環境もうで」の行き先は日本に紹介されたある町。記憶はさだかでないが、日本からの視察が増えすぎて、その町の市役所はてんてこ舞い。おしまいには視察団に対して有料にしたといったようなことを聞いた。 

日本の素晴らしいところは、外国からよいものを学ぼうという点である。それ自体はよいが、「学び方」に大きな違和感を覚えることが多い。 極論でいえば、外国に「特効薬」「処方箋」があると考える方が少なくないのだ。 

象徴的なのが私への講演依頼だ。

一時期、「先進事例を紹介してください」というリクエストが多かった。 申し訳ないが、「またか」とため息をよくついた。 

嘆息の理由はこうだ。
たとえば優れたドイツの環境対策の技術があっても、その運用には独自の法律、価値観、歴史などがあって成り立っている。肝心なのはそこの部分だ。できあがった技術だけピンポイントで取り入れても劣化コピーで終わる。日本は明治維新以来、この繰り返しできていないか? 

だから、「エアランゲンに行けば、まちづくりの特効薬がある」と思っている方は慎重になっていただきたい。 また訪問される側からすれば、最初ははるばる日本から人がやってくるのは嬉しいと感じるであろうが、そのうちうんざりするに違いない。 


「クリエイティブな都市」を探したのではない 


それから恐ろしいことを聞いたこともある。
前著を出版して数年後のことである、「今、ドイツの町だとエアランゲンが熱い」、そういったような研究者の方の声を小耳にはさんだのだ。 拙著を読んでいただき、刺激を受けられたのかもしれない。が、申し訳ないが研究者としてはいかがなものかとも思う。 エアランゲンは地味に都市のアップデートはしている。しかし、決して熱くはない。

また私自身、この本を書くに当たり、「クリエイティブな都市」を探し出して取材をしたのではない。 きっかけは、個人的な理由で住みはじめたことにある。 そして「住んでいる町を取材する」という私がやりたかった地域ジャーナリズムを実行し、日本の地域の議論のヒントになりそうな「価値」を見出した。ただそれだけである。

地域の優れたものは、現地の法律・価値観・歴史などの影響があって成り立っている。そこを見なければならない。



もし、私がイタリアの小さな町に住むことになっても、そこに潜むなんらかの「価値」を見出す自信はある。それは「インターローカル ジャーナリスト」としての挟持でもある。そして「イタリアの地方都市は・・・」という本を書くだろう。 


クリエイティビティの正体というのは地味なものです 


ジャーナリストが扱う範囲は比較的幅広い。おまけに私自身、住民でもあることから日々、参与観察というようなところがある。 

その結果、表面的な視察や取材では見えない要素がどう関連づいているのかが見えてきた。 拙著は「外国人の目」でそこの部分を扱っている。

都市の質を高めるためのアップデートができるのは「自治の力」によるものだ。それはコミュニティがあり、政治や社会運動などの連続性に裏打ちされているが、実に地味なものだ。それに何よりも「自治の力」はエアランゲンだけでなく、ドイツ各都市が持っている。日本が本当に見るべきは、その地味な「自治の力」のメカニズムだ。 

ドイツで行う研修プログラム「インターローカルスクール」について

もし、どうしてもエアランゲンを訪ねたければ、私が主宰する研修プログラム「インターローカルスクール」に参加していただければと思う。 終日、あるいは1泊2日ぐらいの日程で、私の知見の限りを尽くして、自治の力についてみっちりと講義をさせていただく。 その上で参加者全員で議論を行い、町の雰囲気を五感で感じながら歩く。  

たぶん、このプログラムを通じて、参加者は自分の居住地域の「自治の力」をどのようにつけていくか、そのためのどのような課題をたてればよいか。そんなことのヒントを得るこができるだろう。執筆や講演という私の仕事でできることは、せいぜいその程度のことでもある。(了)


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら