ドイツの地域経済の発展に、伝統や歴史を矛盾なく統合させようとする考え方がある。ドイツのロボットはビールで動くだろうか?

伝統や歴史といったものが地域のハイテク産業の発展とどのような役割を果たすのか?バイエルン州でよく使われた言い回しから考える。

2023年6月13日 高松 平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


伝統的な革ズボンをはいたロボット


バイエルン州経済省の企業誘致部である「インベスト イン ババリア」によるイベントの案内カードを見ると、伝統的な革のズボンをはいたロボットの絵が書かれていた。(タイトル写真の左側)

同州の発展経緯を大雑把に言えば、農業から工業化に発展。さらにハイテク産業化を進める1990年代最後半に「ラップトップ(ノートパソコン)と革ズボン」という言い回しがよく使われた。

伝統と革新を同居させるようなイメージがあり、コピーとしても人々の頭に残りそうな言い回しだ。この時期、ハイテク推進政策が行われ、2000年代には州内の各地域で、域内の産官学を結んで、開発から市場までの道筋を作る産業クラスター政策も進められた。

私が住んでいるエアランゲン市(バイエルン州北部)などは医療技術にポテンシャルがあり、市の経済政策としても推進を計っていたが、州の政策と合流するような形で、医療技術関係の産業クラスターの中核を担っている。


歴史・伝統にはどんな価値があるのか?


ところで、歴史や伝統を技術発展の酵母として考えると、どのような価値が見出せるだろうか?次の3点が考えられる。

1.地域アイデンティティの創出
歴史に基づくアイデンティティというのはいささか幻想ではあり、地域外から入ってくる人も多い。それにしても伝統は地域の歴史的象徴を現代社会に実装し、地域に対する人々の心理的距離を縮めるだろう。それが地域で住み・働くことの説得力につながる可能性がある。

2. イノベーション創出への自信
地域経済を100年単位で見ていくと、新技術の確立や社会的ニーズの変化で一つの産業が衰退するが、一方で新しい産業も起こっているのがわかる。衰退と興隆の繰り返しが過去にあるということがわかると、楽観的になれるのではないか。

3. 地域リソース活性化
特定の分野や技術で、長い伝統がある地域では、広範なネットワークと専門知識が発達している。アイデアやノウハウの移転が起こり、協力関係もできるだろう。これを後押しする枠組みが産業クラスター政策。

ひるがえって、今日では「ラップトップ」はいうまでもなく、タブレットやスマートフォンなどの端末がごく日常的になっている。一方、ロボットとAI普及がいよいよ本格化する時代になったが、それでも伝統と最新技術を結びつける視点が読み取れる。

もちろん、インフラや研究開発、教育分野での投資も必要だが、伝統や歴史は技術発展、経済発展の酵母として捉える価値はある。それだけに「ラップトップと革ズボン」という言い回しは政治的キャッチコピーであるにせよ、一定の説得力がある。(了)


高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
経済・文化・歴史・市民活動・・・ドイツの地方都市は結晶性の高さが魅力だ


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。