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国定:はい、それはもう。地方行政に身を置くと「市民のため」と言った時の市民は、Aさん、Bさん、Cさんなのです。これが決定的に違います。
高松:「人」が抽象的ではなくなる。
国定:そうです。一方、地方は地に足がつき過ぎると俯瞰できなくなる傾向にあります。だからこそ首長の存在は俯瞰をするために必要なのだと思います。良し悪しは別にして、国と市町村というのは、そのぐらい差があると思います。地方の「ビジョン」はその圧倒的なリアリティの中で作るわけです。
ほめられるために 市長になるわけではない
高松:このリアリティは曲者で、政策として「まんべんなく」なものになりかねない難しさがあります。市長時代の経済政策でいえば、三条には農業をはじめいろいろあるが、「ものづくり」に重点をおかれた。あるインタビューで、この方針を決めるにあたり「相当覚悟がいった」とおっしゃっています。
国定:まさに、そこが首長に期待されることではないかと・・・市長を辞めてから思います。(笑)
高松:そうなんですか。
国定:はい。市長の時はもう無我夢中ですから。それでも、辞めるまで文句ばかり言われて過ごした市長人生です。誰もほめてくれません。
高松:その代表格が、地域紙の三條新聞ですね。
国定:ご推察の通りです(笑)。
高松:権力に対する批判的な視点の提示は、ジャーナリズムの役割でもあります。それにしても、ほめられるために市長をするわけではない。
国定:はい。そこはもう「首長」としての覚悟です。行政職員時代に、当時の市長から「ナンバー2と3は五十歩百歩だが、トップははるかに重い十字架を背負って生きていくのだ」と、よく言われていたのを覚えています。
高松:実際に市長になってみると・・・
国定:いやもう、ものすごく実感しました。町の将来を大きく変えてしまう可能性があるわけですから。
しかも町の空気感とか、風土と乖離してしまうとダメ。かといって、その時点で過半数の人が賛成するようなことばかりすると物事が見えなくなる。だから、いつも孤独との戦いになります。多くの人が反対するので、ひょっとしたら自分が間違っているのかもしれないと思うこともありました。
市長の「俯瞰する方法」
高松:そういう状況に対してどうしていましたか?
国定:いつも俯瞰します。少なくとも俯瞰する努力だけはし続けてきたつもりです。たとえば、三条市民ではなくて東京から三条を見た時にはどう思うか。というふうに、多角的視野みたいなところから自分なりにそのイメージをしていました。
高松:なるほど。
国定:それで、「なんとかなりそうかな」とか、進めていって一時的に市民からは嫌われるかもしれないが、ゆくゆくはたぶん理解してくれるだろうとか。そういうようなことを常に考えていました。
高松: 多角的な視野を保つだけでも胆力のようなものがいりそうです。
国定:総務省同期で大阪府箕面市の市長になった倉田哲郎さん(在任期間2008-2020年)がいます。見事に三期で辞めて、その後、全く異なる仕事をされているのですが、俯瞰するためにどうしていたかという話を教えてくれたことがあります。
高松:興味深いです。
国定:「自分はあえて二重人格になったのだ」と。自分の中で「市長」とは異なる存在をもうひとつ作ったと言うのです。仮に太郎君としましょう。彼は意識的に自分の中にいる太郎君と頭の中で会話させると言うのです。
高松:なるほど。
国定:で、その自分が今から打ち出そうとしている政策が正しいのか正しくないのかということを、その頭の中で言語化してその議論をさせる。こういうふうに相対化させて俯瞰すると。結果的に言えば、私も似たような作業を頭の中にしている感じでしたね。
51対49のゲーム
国定:首長というのは「51対49のゲーム」だと思っています。市民の方に、自分の地域は「良いところ100点で不満はない」などと評価してもらうような政策はまず無理です。「良いところは51点、満足できないところ49点」ならば、それは51対49点のゲームに勝ったことになります。
高松:わずか2ポイントですが、その差は大きいですね。
国定:行政の仕事は9割がルーチンです。それにしても、その2ポイントを変えるぐらいの力は行政にはありますし、市長にはその采配をするだけの権限ぐらいは持っています。
高松:長い時間軸でみると、この小さな2ポイントを変えることで町の未来が変わる。ドイツでも日本でも市長は町の歴史を変えるぐらいの力がありますが、この部分を指しているのでしょうね。(第2回に続く)
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第2回 市長は大統領よりも力がある に続きます。
全6回 長電話対談 国定勇人×高松平藏
■町は首長次第で本当に変わるのか?■
▶ 第1回 志ある市民10人と 町を俯瞰する市長
第2回 市長は大統領よりも力がある
第3回 日本の公務員がジェネラリスト指向である理由
第4回 地方における公共性と個人主義について考えた
第5回 世界に伍する一流の地方都市にするには?
第6回 文化政策で地方都市を磨け
目次
ドイツ・エアランゲンからネットを使って対談。あたかも「長電話」の如く、長尺対談記事の一覧はこちら。