市長は大統領よりも力がある

公開日 2021年8月19日

長電話対談
国定勇人(前三条市長)
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高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)

ドイツの地方都市の発展を見ていると、市長の役割もかなり大きい。では日本ではどうなのだろう?2020年に現職を退き、「日々の地方のリアリティ」から少し距離を取れる状況になった三条市の市長、国定勇人さんと地方自治体における首長の役割について話した。第2回目は制度面を中心に市長の役割を見ていく。(対談日 2021年4月12日)

※対談当時の状況をもとにすすめています。

全6回 長電話対談 国定勇人×高松平藏
■町は首長次第で本当に変わるのか?■
第1回 志ある市民10人と 町を俯瞰する市長
▶第2回 市長は大統領よりも力がある
第3回 日本の公務員がジェネラリスト指向である理由
第4回 地方における公共性と個人主義について考えた
第5回 世界に伍する一流の地方都市にするには?
第6回 文化政策で地方都市を磨け
目次


日本の自治体は大統領制


高松:日独の自治体の仕組みは違いますが、市長は大きな力を持っているという点で同じ。シュトゥットガルトの市長を務めたマンフレート・ロンメルという人は「市長は町の歴史を変えるほどの力がある」という言葉を残しているようです。

国定:確かに、私もそう思いますね。14年間市長を務めたわけですが、3期目で辞めようと思っていました。理由は三条市が「国定色」に染まっていくのが明らかに分かったからなんです。民主主義という観点から言えば、それはもう潮時を迎えて新しい血を入れていく時期であると。それが感じられる以上、その後居座ってもロクなことないですから。

国定 勇人(くにさだ いさと)
2003年に総務省から新潟県三条市に出向。2006年に一旦総務省に戻るが、三条市長選に立候補し、当選。2020年9月に辞職。現在、衆院選立候補に向けて準備中。1972年東京都千代田区神田神保町生まれ。
オフィシャルブログ:この地に尽くす!〜国定勇人(くにさだいさと)の日記〜

高松制度的に言えば市長とはどのような権限があるのでしょう?

国定:基本的なことを言うと、地方自治はアメリカの大統領制と一緒です。住民が直接選挙で首長と議会議員を選ぶ二元代表制。そして大統領・首長は議会と対等です。しかし予算編成権が議会にあるのではなく首長にあるという点で、首長はアメリカの大統領よりも力があると言えます。さらに首長は人事権、執行権を持っています。

高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。「地方都市の発展」がテーマ。著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
昨年は次の2冊を出版。「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (2020年3月)、「ドイツの学校には なぜ 『部活』 がないのか」(2020年11月)。前者はスポーツ・健康の観点からみた都市計画や地域経済、行政・NPOの協力体制について。後者はドイツの日常的なコミュニティ「スポーツクラブ」が都市社会にどのように影響しているかについて書いている。1969年生まれ。プロフィール詳細はこちら

高松:強大な力が制度的にあるわけですね。

国定:はい。逆に言うと首長への負荷が大きい。しかし首長の考え方で市町村行政とか都道府県行政が展開できます。


予算編成にも見える市長の強さ


高松:予算編成権についてもう少し教えてください。

国定:予算編成権といっても提案するだけですから、議会の議決は必要です。しかし地方自治法で議会に与えられている権能(権限)というのは、首長が出した予算に対して修正する権利しかありません。議会が何か予算を立てるということは認められてなくて、地方自治法上の観点から言うと、減額修正はできますけど、増額修正はできないのです。

高松:というと?

国定:例えば、市長が文化会館を作りたいとします。そこへ議会は小学校を作りたいと言いだすと増額になります。これは増額予算になってしまうので、地方自治法上はダメなのです。

※地方自治法 第97条2 議会は、予算について、増額してこれを議決することを妨げない。但し、普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない。

高松:市長の提案の趣旨からはずれてはいけないということでしょうか?

国定:そうですね。その結果、二元代表制と言いながら、ほぼ首長が市町村行政の力を握ってしまう。これが日本の地方行政の一番の特徴であり、まずは押させておくべき点です。

対談の様子。国定さんは新潟県三条市内の事務所から対談に応じてくださった。


高松:かなり強いですね。

強大な力を持つ「市長」。だからこそ求められるのは自治体を俯瞰する力。対談第1回目「志ある市民10人と 町を俯瞰する市長

国定:はい。今、新型コロナウイルスの感染症が急速に拡大していますが、例えば多くの飲食店にダメージがあるから固定費の補助を出すといった政策的な緊急措置もあります。こういう場合、専決処分というのがあって、緊急避難的に首長は議会に諮らずとも(予算を)執行できます。

高松:チェックの類はないのですか?

国定:あとで議会から同意をもらう必要はあります。しかし不同意だったところで、もう執行してしまっていますからね。首長の役割は、結論的にいえば行政のすべてを握っているということになります。


職員との議論、議員との距離


高松:市長の日々というのは、行政職員の方や、議員とのやり取りはいろいろあると思います。特に予算編成の提案という点ではいかがでした?

国定:政策を決め込んで提案をするまでは、基本的には議員とはディスカッションはしなかったですね。議会には、政策としてどんな質問を受けたとしても、きちんと私が責任を持って答え、100%自信を持って提案できる状態にするまで練り上げる。その時点になるまで議員とは話しませんでした。逆に言えば、その政策が出来上がる過程は、ひたすら議員以外の様々な人と話をしました

高松:どういう人たちと話をしていました?

国定:市の職員をはじめ、政策を実行する際に様々な関係が生じる市民・企業ですね。いわゆる政策で生じるステークホルダーの方たちです。でもそれは、日常的に色んな人に会う中でのちょっとした会話の中で話すような形です。

高松:オフィシャルではなく、日常の活動の中で、意見や課題を吸い上げていく形ですね。そのあとは?

国定:草案作りをします。これは基本的に行政職員と進めました。それで仕上がった段階で正々堂々と議会に提案する。

「制度的にいえば、日本の市長には強大な力がある。裏をかえせば、市長への負荷が大きい」と語る国定さん(左)


高松:議員とは、絶交したかのように、一切話すことはない?

国定:草案づくりの大きな流れは先程説明したようなものです。そうは言いながら、(私も)人間ですから個別に議員さんと話すこともあります。こういう時に「実はこういうことで困っているんだ」というようなことを聞くケースも出てきます。

高松:問題はないのですか?

国定:そういう話を聞くと、どうしても記憶に残り、程度の差こそあれ、草案作りになんらかの影響は受けます。しかし、介入的に議員が入り込んでくるようなことは避けていました


二元代表制の本来の良さを大切にすべき


高松:他の自治体では、議員たちと密接な市長もおられそうですね。

国定:私のようなスタイルの方が、もしかしたら少ないかもしれないです。議会と首長が馴れ合う姿というのは、本来求められている民主主義の根幹である二元代表制から外れてしまう。それで私は意図的に距離を置きました。

高松:なるほど。

国定:国政は議院内閣制で、そこはもう行政も政治一体型になっています。地方行政の政治家には国政経験者がとても多いので、結果的に首長と議会の関係は密になるのでしょう。私は結構「例外」の部類だったと思います。

高松:市長と議会の密な関係というのは、たとえばどのようなものですか?

国定:視察がそうですね。私は行政職員とのみで行っていました。議員と一緒に行くことは絶対なかったです。しかし、日本全体を眺めますと市長と議員さんが一緒というケースが結構あります。これね、私から見ると、かなり驚きです。

高松:制度を考えるとおかしいと。

国定:そうです。二元代表制なのに、なぜ利害関係を共にしようとするのかなと思うのです。議員も首長も各自で勉強すればいい。これが二元代表制の本来の良さですから。

高松:なるほど。翻って、草案づくりに行政職員との議論は欠かせないようですが、次回は地方公務員について話しましょう。(第3回につづく

第3回 日本の公務員がジェネラリスト指向である理由  に続きます

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