元北京オリンピックの陸上選手、中村友梨香さんは2019年にドイツ・エアランゲンにお越しくださった。そのときのエピソードをひとつ紹介する。

2020年5月20日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)

女性限定、朝食会への招待

「あー、やっぱり無理です。走ります」
そう言って中村さんは走りだした。私は自転車であとを追いかけた。

これは2019年5月の出来事である。
中村友梨香さんとは、日本で知り合った。ドイツのスポーツについて話が及んだのだが、別れ際「ドイツへそのうち伺います」とおっしゃっていた。社交辞令かと思っていたが、本当に当方が住むエアランゲンにお越しになった。

中村友梨香(なかむらゆりか)さん
北京五輪女子マラソン日本代表。現在、陸上競技のスポーツクラブ「NOBY T&F CLUB」のコーチをしながら、市民ランナーの指導などを精力的に行っている。
中村友梨香 official web site
中村友梨香 ブログ

私は集中講義と議論しながら街を歩く研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。ドイツのスポーツ環境を知りたいとのことだったので、このプログラムにご参加いただくことにした。しかし予定外の出来事がおこる。

それは、エアランゲンの駅に到着された中村さんを迎えに行ったときのことだ。
街のなかで「BIGプロジェクト」のオーガナイザーの方とばったり会った。私の横にいた中村さんを紹介する。「BIGプロジェクト」とは社会的弱者の女性のためのスポーツプログラムである。具体的にはムスリムの女性が多い。彼女たちは配偶者以外の男性とともにスポーツなどができないため、オーガイザーもトレーナーもすべて女性。拙著「ドイツのスポーツ都市」でもたっぷり紹介している。

同プロジェクトはスポーツのみならず、定期的に朝食会も行っている。 オーガナイザーの女性は「もし可能なら、明日の朝食会に中村さんを招待したい」と言い出した。ちなみに私は朝食会の取材をお願いしたことがあるが、男性というだけで「ダメです」と断られた。しかし中村さんは女性というだけでいとも簡単に「招待」されたのだった。

BIGプロジェクト 10周年の記念イベント。このときは男性も参加可能。報道陣による撮影も許可された。(2015年 エアランゲン市 撮影:高松平藏)

自転車に乗れなかったオリンピア

さて、エアランゲン市は自転車道がかなり整備された街でもある。また朝食会の会場への距離も自転車がちょうどよい。私は家族の自転車を一台お貸しし、会場へご案内しようと考えた。

ところが中村さん、何度も自転車にまたがったり、降りたりしている。やはり他人の自転車は乗りにくいのだろうか?なにしろオリンピック選手だ、きっとオーダーメイドの自転車でないとダメなのかなとすら思った。

「だめです」
(あー、やはり。なにしろオリンピック選手だもんな)
「私、足がベターと地面につかないと怖くて乗れないんです」
「えっ?」
私は耳を疑った。自転車のサドルはそう高くない。足の先3分1程度が地面につく高さ。見た感じでは、中村さんの身長とも合っている。

オリンピック選手といえば、凡人に比べると身体能力は格段に高いはずだ。思わず苦笑した。それでも乗れないものは乗れない。私はサドルを下げようとした。しかし、なかなかできずに手間取っていると、

「私、走ります」
朝食会の会場までのだいたいの距離をお伝えすると、
「あ、走るにはちょうど良い距離です」

こうして、私は自分の自転車に乗り、走る中村さんを会場まで案内した。

「ナカムラー、根性だー、死ぬ気で走れー」
と道中、体育会系コーチ風に声をかける。オリンピック選手とこんなおふざけは、なかなかできない体験だ。これ以来、中村さんとお会いするたびに、このエピソードを思い出し、いっしょに大笑いするのであった。。(了)


中村友梨香さんとの対談
スポーツは社会の中で何ができるのか?
第1回「スポーツ」がとまった日
第2回 ドイツの森とスポーツクラブ
第3回 社会を動かすエンジン


 執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。 最新刊は「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (2020年3月)
一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら

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