ドイツのクリスマス文化は、日本からは想像できないほど奥行きがあって、地域ごとに個性豊かなキャラクターが存在する。その中でも、少し異彩を放つのが「クランプス」だ。悪い子どもを叱る存在として知られるが、決して教育的キャラクターではない。異教的な起源を持ち、キリスト教に取り込まれ、地域文化として生き延び、いまやポップカルチャーと結びつき始めている。クランプスを手がかりに、「伝統」とは何か、そしてそれがどのように更新されていくのかを考えてみたい。


異教からキリスト教へ――クランプスの制度化


クランプスの起源は中世以前の異教的な冬祭りに遡る。山羊などの動物を思わせる造形は、野生や自然を擬人化したものであり、厄除けや災厄を遠ざける存在だったと考えられている。20年ほど前になるが、筆者は初めて写真を見たとき、「ドイツのナマハゲ」という印象を持った。

そんなクランプスは中世に入ると、キリスト教の聖ニコラウスと結びつく。クリスマスのキリスト教化である。ここで注意したいのは、ニコラウスとサンタクロースは必ずしも同一ではないという点だ。サンタクロースのイメージは20世紀のアメリカ、とりわけコカ・コーラの広告によって形成された側面が強い。ドイツ語圏にはそれとは別に、ニコラウスというオリジナルの「主役」が存在し、善良な子供たちに贈り物を配る。その一方で、クランプスはその補佐役で、悪い子供には罰を与えるというキャラクターとして定着していく。

筆者自身も50年ほど前の一般家庭のクリスマスツリーの飾りに、このクランプスがあるのを見たことがある。だから、一定以上の年齢の人にとっては「ごく普通のクリスマスキャラクター」なのだろう。

こうしてクランプスは、民間信仰と宗教的儀礼との中間に位置する存在となった。自然の威力、恐怖、戒め、祝祭といった多義的なものを背負ったキャラクターなのだ。


地方都市ヴァイデンで起きていること


以前から、このクランプスを実際に見てみたいと思っていたのだが、今年1月にバイエルンのヴァイデン市(人口約4万3000人)で対面できた。2020年以降、市中心部でクランプスや魔女たちのパレードが行われている(写真)。

クラムプスが練り歩く。ヴァイデン市にて(2025年1月5日 筆者撮影)

鐘や鞭を鳴らしながら、クランプスたちが夜の街を練り歩く。沿道には地域住民だけでなく観光客も多い。ドイツの自治体の中心市街地は、「都市の発祥地」であることが多い。パレードの「メイン会場」である、同市の中心市街地も同様で、中世に作られた建物を背景に歩くクランプスたちの姿はいかにも「映える」。それは明らかに「地域文化の発信装置」として機能している。

興味深かったのは、その演出だ。面の造形自体は伝統的なものが多いが、目が赤く光る仕掛けが施されているものもある。さらに市役所前の広場に響いていたのは、ヘヴィメタルの音楽だった。これだけで、クランプスは「昔からいる恐怖の存在」から、「現代的な表現と結びついた存在」と感ぜられる。伝統は保存されるだけでなく、こうして上書きされ、再解釈されていくと言うことがわかる。

ヴァイデン市の市役所前広場。ここからクランプスのパレードが始まる(2025年1月5日 筆者撮影)

仮装・SNS・観光――クランプスが再発見される条件


「クランプスの歴史」は、文化的に言えば文脈が書き換えられやすい存在だと言える。異教的な要素を中世のキリスト教が取り込み、それによって信仰が地域に根付いていった。これは、キリスト教の柔軟性というよりも、既存の民俗的なものを取り込む、戦略的なプロセスと見ることもできる。

19世紀になると、工業化と都市化が進み、核家族化が進展する。クリスマスは宗教行事であると同時に「家族の時間」を過ごす行事へと変質していく。ドイツで「クリスマスは家族のためのものだ」と語られる背景は、ここにある。この枠組みの中で、クランプスはニコラウスの補佐役として「悪い子供に罰を与える」役割を担うようになった。

20世紀には、原初的なクランプスは主としてアルプスやチロル地方の伝統行事として残り、郷土文化を守る非営利組織によって維持されてきた。一方、20世紀末からはハロウィンがアメリカ経由の商業主義とともにドイツにも広がる。ドイツには元々カーニバルという仮装文化がある。そこにハロウィンが加わり、さらにクランプスが「仮装対象」として再発見されていく。

造形は決して万人向けではないが、その分、SNS時代には圧倒的に「映える」。こうしてクランプスは、アルプスの山から都市へと降りてきた。ミュンヘン市街地やヴァイデン、その他のいくつかの町でもクランプスのイベントが行われるようになった。

2025年1月5日 ヴァイデン市 筆者撮影

「伝統」は移動し、形を変える


ヴァイデン市の話に戻そう。同市は決してクランプスに関する特別な固有伝統を持つ町ではない。だからこそ、このパレードは文化政策と観光政策の交点として読むことができる。複数の地域から集まった保存団体に「舞台」を提供し、中世的な街並みを背景に、現代的な演出を加える。その夜の雰囲気は、あまりにもクランプス向きだった。

筆者の印象で言うと、パレードを見ている人たちは、まだ「民俗的なクリスマスキャラクター」を見ているように思えた。しかし将来、「クランプス・メタル」と呼ばれるジャンルや、クランプスをテーマにしたフェスティバルが登場しても不思議ではない。SNSのタイムラインに数多く流れてくる映像などを見ると、すでにその萌芽がある。

クランプスは、文化が固定された遺産ではなく、更新され続けるプロセスであることを、際立たせている。(了)


参考文献
Weiden in der Oberpfalz – Tourismusregion. Rauhnachtslauf Weiden 2026.
https://weiden-region.de/rauhnachtslauf-weiden-2026/
Rifugio Averau. Krampus – Historie und Tradition.
https://www.rifugioaverau.it/de/krampus/historie-und-tradition/
Encyclopaedia Britannica. Christmas. In: Encyclopaedia Britannica.
https://www.britannica.com/topic/Christmas
National Geographic. How Christmas Has Evolved Over Centuries.
https://www.nationalgeographic.com/history/article/how-christmas-has-evolved-over-centuries

以下、ヴァイデン市のクランプスや魔女たちの写真をいくつか掲載(2025年1月5日 筆者撮影)


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら