地元のスポーツチームが「地域の誇り」となるには、何が必要なのか?ドイツ・ニュルンベルクのレジェンドのお墓を巡るエピソードから考える。

ドイツのブンデスリーガのサッカーチームは、地元の地域社会の誇りやアイデンティティの形成に深く関わっている。この関係性は、選手のプレーだけでなく、選手自身が持つサッカーへの価値観や地域への責任感によって形作られる。一方、日本の地域スポーツでは、選手のボランティア活動や地域イベントへの参加といった外面的な活動が重視される傾向がある。


レジェンドのお墓とファンの花屋さん


ドイツらしい地域の「クラブと都市の関係」を示す「サッカー界のレジェンドに“名誉墓”を求めるファン」という記事※が地方紙で掲載された。まずはそこで書かれたエピソードを紹介する。

ブンデスリーガのサッカーチーム「1.FCニュルンベルク」にはかつて、ハイナー・シュトゥールファウトという選手がいた。20世紀前半にクラブの一時代を築いた名ゴールキーパーで、1966年に亡くなった。チームファンの1人は、ある日、彼の墓が十分に世話されていないことを知る。しかも、墓を管理する役所から「やがて管理が打ち切られるかもしれない」ということも知らされる。この名選手には自治体による「名誉墓」が用意されるべきで、チームもその程度のことはできるはずだと、このファンは訴えている。

そんな放置されつつあった墓を今日世話しているのが、同じく熱心なチームのファンである花屋のマリオン・メッシンガーさん。墓石の形が特殊で献花が難しく、また森の中の墓地のため、その世話に苦労している。また墓を訪ねるファンには箒で葉っぱを掃くことや、枯れた献花の回収も頼んでいる。加えて、熱心なファングループも時折、墓をきれいに飾っている。なお「墓を管理する権利」の保持者はすでに親族ではなくチームに移行しているとみられる。

「われわれはクラブだ」。1.FCニュルンベルクの125周年を迎えて作成されたポスター。左のボールを抱えた男性が名ゴールキーパーのハイナー・シュトゥールファウト。(2025年6月2日 ニュルンベルク市内 筆者撮影)

「なぜこのチームでサッカーをするのか」という価値観と信念


半世紀以上前に亡くなった名ゴールキーパーは、「この都市、このクラブ、そしてニュルンベルクの住民たちのためにプレーすることは名誉だ。これらすべてがいつまでも守られ、偉大な 1. FC ニュルンベルクが決して消え去らないように」という言葉を残した。

感情的なスローガンのようにも聞こえるが、この言葉は、彼自身の倫理観や地域社会への責任感を端的に示す「価値観の核」として扱われてきた。クラブの歴史や理念を語る際に、繰り返し引用される理由もそこにある。

つまり、これは都市とチームのつながりを象徴する言葉であり、現役選手にとっても精神的な規範になっている。ファンが墓の管理を気にかけるのは、彼の言葉と存在がクラブの記憶の中心にあるからだ。

壁画アーティストのファルプクワルティアーとホンブレ・サックによって描かれた、公式のクラブコミュニティのアート。クラブ創設125周年を記念して、今年春に公開された。地元の誇りとチームへの帰属意識が、日常の景色として息づく。(2025年6月2日 ニュルンベルク市内 筆者撮影)

選手の内面を問うことの重要性


ドイツ全体を見渡すと、プロサッカークラブは経済面の貢献以上に、地域住民の帰属意識や共同体意識の形成に寄与している。その基盤となっているのは、成績や収支だけではなく、クラブが長年にわたって築いてきた「クラブ文化」と、受け継がれてきた「記憶」である。

まず、クラブ経営者は組織全体を統括し、地域やファンに向けてクラブの価値や誇りを体現する「リーダーシップ」を発揮する。選手は実際に試合でプレイし、クラブの使命や目標を達成する「実行者」だ。選手が体現する価値観や信念は、クラブ文化を通じて共有され、チームの価値創造につながる。同時にこれまでのクラブの選手やファンと積み上げてきた歴史や文化もまた、チームの価値を洗練化させる。これがクラブ文化である。

そして広報やマーケティングのチームが情報発信やファンとのコミュニケーションを担当し、クラブの魅力を外部に伝える。受け継がれてきた「記憶」を強化し続ける。こうしたクラブ文化と補完しあい、クラブ全体の結束と地域社会のアイデンティティ形成に寄与している。

このように解釈すると、経営陣や広報・マーケティングの役割は大きい。それにしても選手の「信念」「価値観」が重要で、それに裏打ちされたプレーが大きなチームの存在感を作る。

一方、日本では地域スポーツの注目点が、選手のボランティア活動や地域イベントへの参加といった外面的な行動に寄りがちだ。これ自体悪いことではないが、競技そのものを通じて地域社会の「チームのありよう」をどう作るか、という問いを立ててもよいはずだ。それには「チームの内側」から力のある輝きをどう作るかがカギだといえよう。

ニュルンベルクに見る墓の管理とファンの関わりは、レジェンドの価値観がクラブの文化を支え、その文化がファンを動かし、地域社会の精神的支柱へと広がっていく様子をよく示している。(了)

※Erlanger Nachrichten, 14. November 2025. „Fan fordert Ehrengrab für Fußball-Legende“.


経営視点からまとめると・・・】

地域のサッカークラブの収益源は、主に試合のチケット販売、放映権、グッズ販売などである。しかしながら、経営の持続可能性を支える要因はブランディングにある。すなわち、「クラブ文化」や「集合的記憶」に内包される価値観がその中核を成す。

これらの価値観は、選手がサッカーに対してはもちろん、クラブや地域社会に対して抱く意識によって形成される。選手は技術面の向上が求められるのに加え、自身が所属するクラブや地域に対してどのような価値観を持っているかを常に自覚しておく必要がある。

経営組織においては、こうした精神的価値観を育成・強化するためのコーチングや研修の実施が求められる。選手の内面に働きかけることは、クラブのブランド力の向上やファンとのつながりを深め、経営基盤の強化につながる。選手にとっても、より内面的な充実感や成長につながるのではないか。


著書紹介(詳しくはこちら
「スポーツクラブ文化」について、たっぷり書きました。

都市の魅力を高めるスポーツ
スポーツは地域のコミュニティを作る

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら