賃金が上昇し続けているドイツだが、実は景気低迷の一症状だ

賃金上昇の現状と背景


ドイツでは2025年も賃金が上昇し続けている。この現象は日本から見ると羨望の的とも言えるが、実は景気低迷の一症状だ。特に法律職や専門職で平均で最大69.3%の賃金上昇幅が報告されており、労働市場の深刻な人手不足と強力な労働組合の交渉力が背景にある。最低賃金も現在の12.82ユーロから段階的な引き上げが計画されている。

一方で、連邦雇用庁は労働市場の弱さや経済停滞を受けて、2026年には約40億ユーロの赤字を予測している。この赤字は失業給付や職業教育訓練支援など社会保障費の増大が主な原因だ。賃金上昇と連邦雇用庁の財政赤字という一見相反する現象は、実は景気低迷の典型的な症状と理解できる。


景気低迷の構造的背景と今後の展望


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賃金上昇は主に限られた分野の労働力不足を示し、これらの職種の労働者は賃金交渉に有利である。しかし景気全体は停滞しており、新規採用が抑制され、失業率は高止まりしているため、連邦雇用庁の支出は増加し財政負担は拡大している。

これはドイツ経済が歴史的に経験してきた周期的な景気変動の一部と考えられる。産業振興や研究開発への投資が景気回復には欠かせず、地方分権型のドイツでは各地域での取り組みが活発である。歴史的にも、地方の経済史を見ると、衰退産業があっても新たな投資によって次の産業が誕生するパターンが散見される。

今回の低迷はコロナ禍、サプライチェーン混乱、経済ナショナリズム、戦争などグローバル要因の影響が大きい。歴史的パターンから言うと、完全回復には2030年代までかかる可能性が高いが、地政学的状況や欧州の経済政策によっては早期の回復も期待される。

以上のことをまとめると、賃金上昇と連邦雇用庁の赤字は、ドイツ経済の現在の停滞局面を示す指標だ。同時に地方を含めた産業振興の継続的な投資から、未来志向の側面もある。(了)

【参考文献】
Erlanger Nachrichten. „69,3 Prozent mehr Gehalt für Rechtsberufe.“ 6. November 2025.
Erlanger Nachrichten. „Das Nürnberger Finanzkommissariat rechnet mit Defizit.“ 8. November 2025.
Bundesagentur für Arbeit. 2024. Haushalt 2025 der BA. Verfügbar unter:
https://www.arbeitsagentur.de/ueber-uns/veroeffentlichungen/berichte-und-haushalt/haushalt-2025
Wirtschaftsdienst. 2025. Eine neue Orientierung für den Mindestlohn. Verfügbar unter:
https://www.wirtschaftsdienst.eu/inhalt/jahr/2025/heft/5/beitrag/eine-neue-orientierung-fuer-den-mindestlohn.html


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら