日本でも知られるようになった「ストリートライブラリー」。ドイツ都市の公共空間で設置されるケースが多い。

ドイツには、街角に無人の本棚が数千基ある。鍵も常駐管理者もなく、本を持ち出しても返却義務はない。それが「ストリートライブラリー」である。2026年8月、フランクフルトでこの本棚が放火とみられる火災に見舞われた。しかも、同じ本棚が約8か月の間に再び被害を受けたと報じられている。これは単なる器物損壊という以上の意味がある。


1. ストリートライブラリーとは何か


ドイツの都市を歩くと、公園、広場、バス停の近くに、ガラス張りの小さな箱が置かれている。中には小説、旅行書、料理本、児童書——多様な本が並ぶ。ドイツ語で「公共本棚」と呼ぶ。

この本棚の仕組みは、1989年にアメリカでの実験的な試みとして始まり、1991年にオーストリア・グラーツで初めてヨーロッパの公共空間に登場した後、ドイツの都市文脈に吸収されていった。

本棚は耐候性のもので、電話ボックス大のものが散見される。鍵も貸出カードもない「開かれた本棚」だ。使い方は単純だ。誰でも本を持ち寄り、誰でも自由に持ち出してよい。返却義務もない。登録も不要。匿名で、24 時間、誰でも利用できる。

このような取り組みは2000年前後から、ドイツ全土へ波及した。2026 年 8 月時点で 4,262 基が記録されている(8月18日閲覧)。今日、ストリートライブラリーはドイツの都市文化における一種の標準装備だ。実際、筆者もドイツのみならず、欧州のさまざまな都市で、見つけることが多い。欧州の都市社会の文脈と親和性が高いのだろう。

ドイツ・フュルト(人口約13万人、2025年11月5日 筆者撮影)

2. フランクフルトの放火事件


2026年8月10日未明、フランクフルト西部のニート地区にある旧ニート市庁舎前の公共本棚が、放火とみられる火災に見舞われた。消防は午前0時43分に通報を受け、約10分後に消火した。中にあった本は、焼失したものだけでなく、煤や煙によって汚損したものも含め廃棄された。

この本棚は、2025年12月24日にも放火被害を受けており、2026年3月初めに修理を終えて再開されたばかりだった。今回の火災は、同じ本棚に対する約8か月以内の2度目の攻撃である。原因については、警察が捜査している。

また、これとは別に、フランクフルト北部のアルター・フルークハーフェン・カルバッハ/ボーナメスにある公共本棚でも、2026年7月30日に火災が発生した。この本棚は、それ以前にも少なくとも3回、ガラスを割られる、扉を外される、本を床に投げ出されるなどの破壊行為を受けていた。

このように、2026年夏のフランクフルトでは、少なくとも二つの異なる公共本棚が相次いで被害を受けた。一つはニート地区で約8か月以内に2度目の火災に見舞われ、もう一つはアルター・フルークハーフェンで、繰り返し破壊された末に火災に至った

フランス・ロシュフォール。中心市街地の広場の角に設置されている。(人口約23,500人,2024年7月11日 筆者撮影)

3. 「公共本棚」が示すもの


ここで重要なのは、ドイツ語での名称である。「ストリートライブラリー」は英語由来の呼び方だが、ドイツ語を直訳すれば「公共本棚(öffentlicher Bücherschrank)」である 。

この名称から文脈を解釈すると、ドイツではこの本棚が「公共空間の一部」として設置されているというイメージが伴う。公園の一角、バス停の隣、広場の端——これらはすべて市民が日常的に利用する場所であり、本棚はその風景に溶け込んでいる。

とりわけ中心市街地は都市の発祥地であり、「自治体のへそ」のような代表的な公共空間だ。歩行者ゾーンになっていることも多く、「公共空間の一部としての本棚」ということが際立つ。この本棚は、こうしてアメリカでの実験からヨーロッパの都市空間へと運ばれ、ドイツの都市文脈に吸収されたと理解できるだろう。

ドイツ・トリーア、中心市街地にある文化センター「トゥーフ・ファブリック」敷地内。電話ボックス状のものが本棚。(人口約10万人、2025年9月14日 筆者撮影)

公共空間とは「自由」「コントロール」が適切にバランスよく保たれている空間である。人々は自らの行動を通してこの「最適なバランス」を作り出している。つまり人々は、「信頼性の高い公共空間」を生み出す主体であると同時に、利用する主体でもあるという構造だ。信頼性の低い公共空間では、物を放置すると「盗まれる」。そして「盗まれるようにしていたことが悪い」という判断になる。この本棚は、明文化されていない規範によって成り立つ。公共空間の信頼性を前提にした装置だ。

フランクフルトの放火は、一義的には器物損壊だ。しかしその本質的な意味合いは深い。あえて挑発的、かつ都市哲学としての比喩で言えば、本棚への放火は「公共空間とその信頼性へのテロ」である。(了)

ハンガリー・ブダペスト。旧鉄道工場を再生した、ハンガリー国立歌劇場の芸術施設「エッフェル工房館」内。(人口約169万人、2025年5月31日 筆者撮影)

参考文献

Clegg, Michael & Guttmann, Martin (1991-1993): The Open Public Library. In: arte útil, https://arte-util.org/projects/the-open-public-library/
Friede, Claus (2017.10.13): Clegg & Guttmann „Die Offene Bibliothek“. In: Kultur-Port.de, https://www.kultur-port.de/blog/kulturmanagement/14631-die-offene-bibliothek-clegg-guttmann.html
Frankfurter Rundschau (2026.8.7): Nach dem Brandanschlag in Frankfurt: Rettet die Bücherschränke! https://www.fr.de/frankfurt/nach-dem-brandanschlag-in-frankfurt-rettet-die-buecherschraenke-94432361.html
Frankfurter Neue Presse (2026.8.10): Bücherschrank in Frankfurt brennt zum zweiten Mal – neun Säcke zerstörter Bücher. https://www.fnp.de/frankfurt/buecherschrank-in-frankfurt-brennt-zum-zweiten-mal-neun-saecke-zerstoerte-buecher-94435702.html
Radio Frankfurt (2026.8.6): Brandanschlag in Frankfurt: Rettet die Bücherschränke! https://radiofrankfurt.de/brandanschlag-in-frankfurt-rettet-die-buecherschraenke/

ドイツ・エアランゲン(人口約12万人、2015年12月19日 筆者撮影)
ドイツ・ハイデルベルク(人口約16万人、 2024年8月5日 筆者撮影)
デンマーク・コペンハーゲン。1971年に旧軍用地を占拠して始まった、自主管理のコミュニティ「クリスチャニア」内の本棚。(人口約67万人、2024年4月14日、筆者撮影)
フランス・ロシュフォール。個人宅の敷地にこの規模の手作りの本棚が設置されるケースがあるが、公共空間(公設市場の壁)に設置されるものでは、筆者の見聞の範囲では最も小さく、最も簡易な構造。(人口約2万3,500人,2024年7月11日 筆者撮影)
ドイツ・アンベルク。文化施設が集まる中心市街地の一角に設置された公共本棚。意図的に錆びを生じさせた鉄の表面が独特の風合いを生んでいる。写真ではわかりにくいが、屋根の上には本をモチーフにしたオブジェが載っている。(人口約4万3000人、2024年4月10日 筆者撮影)
ドイツ・ハン ミュンデン。(人口約2万3000人、2024年4月23日 筆者撮影)
ドイツ、ヴァイデン・イン・デア・オーバープファルツ。中心市街地にある、市民学習機関の敷地内に設置されている。(人口約4万2000人、2025年1月5日 筆者撮影)
ドイツ・フュルト(人口約13万人、2024年4月5日 筆者撮影)

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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら