犬を飼うことは、手間もかかるが、「身体的・精神的・社会的に良好な状態」への投資とも言える。

筆者の飼い犬「スポック」は「ユーラシア(Eurasier)」という犬種。犬を飼う決断をした背景には「健康投資」という視点がある。毎日の散歩が身体的健康を促し、犬との交流は精神的・社会的な充足ももたらす。この目的に沿って絞っていくとこの犬種ににたどり着いた。


ドイツ的な育種「ユーラシア」


犬種「ユーラシア(Eurasier)」は1960年代にドイツの学校教師ユリウス・ヴィプフェルらが、「家族の一員として冷静さと穏やかさを兼ね備えた犬」を作ろうと交配をはじめて誕生した。

交配によって理想の犬種を作る発想は、オーストリアの動物行動学者、コンラート・ローレンツ(1903-1989年)の研究結果に影響を受けていた。

動物の本能や行動を系統立てて研究した彼の研究は、「遺伝子的に優秀な生物を作る」という発想も内包している。もっともこれは長く続く品種改良の伝統に連なるものと言える。それにしてもローレンツは戦時中、ナチスの科学政策に関わり、「優性民族」思想へ間接的に協力した側面が指摘されている。しかし戦後も、動物行動学の研究を続け、1973年にはノーベル賞を受賞している。

こうした歴史的背景を踏まえると、理想の犬種「ユーラシア」の誕生は、ドイツ的な「計画的かつ理詰めの育種」であると言えるだろう。同時に「科学で人間の都合の良い生物を作ることの是非」という倫理的課題も内包している。


健康投資としての飼い犬


さて飼い犬「スポック」を飼い始めた理由は、諸事情から選択した「健康投資」である。犬を飼うことで、毎日自然に外出し散歩をする習慣が生まれるからだ。

だが猟犬のように激しく走り回る犬種ではなく、穏やかで落ち着いた犬が望ましかった。その条件で選び着地したのが、この犬種だった。

WHOの健康の定義は身体的・精神的・社会的に良好な状態を指すが、散歩は身体の健康、愛玩犬としての存在は精神面、犬を通じての人との交流は社会面の充実をもたらす。実際に飼い始めると、手間のかかることもあるが、全体的にはこの定義に見事に合致している。


「引っ込み思案のクラスメイト」


トレーニング教室–これもドイツの代表的な非営利組織で運営されているのだが–この教室では「ユーラシア」の冷静で穏やかな性格が裏目に出ることもある。

他の犬たちと自由に遊びまわる時間があるのだが、この時は受け身的。またパルクール(障害物を乗り越えながら進む運動)では迂回する。「スポック」は理論を重視するSFシリーズ「スタートレック」のキャラクターから取った名前だが、お馴染みのセリフに合わせると、「なぜ、私はこの階段を登らねばならないのでしょう?非論理的だ」とでも言ってるかのようだ。

他の無邪気に走り回る犬と比較すると「学校のクラスには引っ込み思案や運動が苦手というクラスメイトいたけど、そういう感じだなあ」と妻と笑って見ている。ともあれ、こうした行動も「ユーラシア」の遺伝的性格付けが大きく反映している形で、「理想の穏やかさ」の表れなのだろう。(了)

参考文献
WDR Stichtag. „Konrad Lorenz und die „Gänsevater“-Forschung“, veröffentlicht am 26.02.2017, https://www1.wdr.de/stichtag/stichtag6378.html


著書紹介(詳しくはこちら
ドイツの都市の質、健康になれる都市づくり 


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら