ローター・バートさん(バート・メルゲントハイム市市長)

市長の役割は何か。そもそも地方の独立性の高いドイツだが、EUの拡大や財政難などを背景に、地方自治体はその運営に腐心している。ドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルク州に位置する人口 2 万 2,000 人の小都市バート・メルゲントハイム市のローター・バート市長(=写真)に話をきいた。

2003年12月5日 取材・構成 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


市長はモデレーター


高松:今年の 5 月に就任されました。立候補の経緯は?

ローター・バート市長(以下 バート):以前は別の街の役所で街の管理を担当する部署の責任者でした。バート・メルゲントハイム市の市長選の公示があったとき、同市や前市長についての情報を分析して、当選のチャンスがあると判断。立候補しました。

バーデン・ヴュルテンベルク州やバイエルン州では役所に勤務している人しか市長に立候補できません。市役所の仕事を理解している必要があるからです。市長の仕事は政治と公務員(管理者)のあいだのものと考えています。私にとって、その2つの要素を兼ね合わせた職務に興味がありました。

高松:新しい市長の役割として、『モデレーター』という言い方をするなど、コミュニケケーションに重点をおいていますね。

バート:昔は街の名士が市を運営しており、そのトップが市長。いってみれば市長の価値観なんかが市民の見本になっていた。ところが、市民の考え方が多様化しているのが現代です。

多くの意見が並存する社会では市長が妥協点を探していかねばならなりません。そのためにもコミュニケーションがもっとも重要になってくるわけです。

その点、当市は小さな街です。市長とは自治体運営のエグゼブティブであり、議会の議長あるわけですが。街が小さいので、各政策の流れなどもすべて把握できる。また、市長は最終的な結論を出す役割を持っていますが、市民と市長の距離がかなり近い。

<プロフィール>
ローター・バート氏
1970年シュトゥットガルトに生まれる。行政学を修めた後、エスリンゲン・アム・ネッカー市市長の私設顧問、レムゼック・アム・ネッカー市の人事部長などを歴任。2003年の春、クア保養地としても知られるバート・メルゲントハイム市(人口約2万2000人)の市長選に立候補し、当選した。

高松:小さなコミュニティほど、複雑な人間関係があります。特定の団体や個人が市政に大きく影響することがあるのでは?

バート:確かに市内のネットワークの顔ぶれはほとんど同じ。たとえば、地元の銀行のトップはどんなグループででも重要人物です。ただ、議会も市長も直接市民たちから選ばれたわけですから、偏った方向へ市政が引っ張られることは少ないです。地方政治はヨーロッパ内の政治の中でももっともわかりやすく、透明です。

基本的には市役所の職員たちが一番の「友達」というところでしょうか。役所内のヒトの動きはわかりますし、公務員にとっても市長は基本的に近い感じをもっています』。

高松:『モデレーター』の役割はなかなか難しそうですね。

バート:私の信条としては、外に対して人として嘘をつかないことです。市長になろうと思えば、自分自身にしか依存できません。例えばどこかへ飲みにいくようなことがあっても私は必ずお金を払う。あるいは、ドイツ語で親しい人に対するdu(ドゥ)という2人称がありますが、(どんなに親しい相手に対しても距離を維持するために)私は絶対につかいません。

そんな具合ですから、実は私自身が(直接)人に協力するとか、人のために何かをする、ということは本当に限られています。


国境をこえた地域連携をめざす


高松:対外的には市長の役割は何でしょう。

バート:市の代表です。市が会社とすれば市長は社長。市が必要としていること、市のお客(例えば工場を建てたいというような企業など)のニーズなどを把握して、国や州に対して市の立場を強調することが必要です。そのためには強く、大きなネットワークを作る必要があり、その維持も大切です。

高松:自治体の独立性が高いドイツですが、近年連携が深まっている。

バート: EU が拡大傾向にありますが、それだけに私は地方政治がもっと大切になってくると思います。つまり、EU の中できちんとした立場を持つにはある程度の経済規模、人口規模が必要だということです。

具体的な動きとして、近隣同士の自治体が連携するケースが増えています。例えば州都であるシュトゥットガルド市の周辺都市が連携してひとつのグループになっていますが、かなりの人口になります。人口が多くなると、経済的な力も強まります。この地域グループのリーダーたちは州を越えて知られています。

当市も周辺都市と密な関係を持っており、ひとつの地域を形成していますが、これではまだ小さすぎる。しかし市民たちは大規模の地域連携によって何ができるのか、あるいは必要性といったことを理解していない。

高松:EU 内では姉妹都市交流が多い。例えば非公式なものも含めるとドイツのほとんどの街はフランスの街と交流があるとききます。ちなみに日独の姉妹都市はわずか 45 程度。

バート:現在、当市はフランスの街と山梨県の石和町と姉妹都市関係にあります。小さな当市が日本の街と姉妹都市の関係を持てることは誇りです。

一方、現在、当市の歴史的な出来事と関係のある姉妹都市をポーランドにさがしています。

高松:ポーランドといえば 2004 年の EU 加盟国ですね。

バート:EU拡大と関連していえば、”姉妹都市”ではなく、自治体の連携体同士が交流関係を持つ”姉妹地域”をつくる必要があると考えています。

当市のフランスの姉妹都市はイタリアのある街とも姉妹都市の関係をもっています。ポーランドに姉妹都市ができれば、4 つの街でグループをつくろうと思っています。

高松:市長就任から約半年です。

バート:当市も財政難。市営の施設運営の見直しなどが必要です。経営戦略的には観光地として強化します。当市はロマンチック街道のひとつの街です。また温泉が出るのでクアによる保養地として知られています。以前は医療保険で保養に来る人が多かったですが、最近は制度の変更から自腹で来る人が増えた。マーケティングを強化して、外向けのイメージをきちんと作る必要があります。

市民からは結果で評価されます。市にとって実際に意味のある政治をしたいですね。

【取材メモ】合併と連携
●同市は前市長のいささか強すぎたリーダーシップにより街は不全を起こしていた感がある。それに対して『新市長は就任以来、実にいろんなことをしている』、というのが多くの市民の評価。副市長をはじめ職員も『彼とはいい仕事ができる』と表情は明るい。同市長は弱冠 32 歳。もちろん経験不足を危ぶむ声もあるが、若さと行動力がだぶって見える。地元のマスコミも好意的だ。

●自治体規模の拡大のために日本は合併を盛んにおこなっている。それに対してドイツの場合は連携に活路を見出しているといえそう。もっと党派的というか、同盟関係をもつような政治戦略的なニュアンスを感じる。また、連携方式は市民にとっては愛着のある街の名前がなくなるわけでもなく、自分の街のオリジナリティをかなり維持できるという点では有効な方法といえそうだ。

●私が住むエアランゲン市(10万人)も周辺都市をひとくくりに中央フランケン地方と呼ばれ、共同のプロジェクトが行われることがある。とりわけ目立つのが隣接するフュルト市(10万人)、ニュルンベルグ市(50万人)との連携だろう。

●連携の様子を見ると『ネットワーク』という言葉を思いだす。ネットワークとは本来的には明確な個と個との関係性ということだろう。この定義を照らし合わせると、明確な人格のようなものがそれぞれの街はもっており、その人格同士が一緒になってコトをおこしている、というイメージが大変強く感じられるのだ。日本でも最近、図書館や文化施設、消防などを近隣の自治体が共同で運営するような例がふえてきたが、ドイツのそれとはちょっとちがうように思える。(了)

著書紹介(詳しくはこちら

クア保養地としてのバート・メルゲントハイム市に触れています。
EU拡大の中の自治体、どうすべきか。

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら