
2025年8月26日 文・高松 平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
中日新聞(2025年8月24日付)の社説「分かち合う『地域の宝』」で取り上げられたのが、井澤知旦・名古屋学院大名誉教授が提唱する「ストック・シェアリング」だ。これは地域資源を分かち合い、新たな価値を創出していくという考え方である。井澤さんの主導のもと、昨年この概念に関する書籍が複数の著者によって刊行され、私もその一部を執筆した。
この記事で紹介されていたのは、愛知県豊明市の旧小学校を活用した市共生交流プラザ「カラット」や、名古屋・熱田で地元商店主らが歴史や文化を生かしてまちおこしに取り組む「あつた宮宿会」の事例だ。それぞれに共通するのは、建物や土地といった物理的資源だけでなく、歴史や伝統、人の知恵や経験といった「ストック」を地域でシェアすることで、新しい関係や活力が生まれている点だ。
私自身、この「ストック・シェアリング」を、日本の地方を元気にしていくための基本概念として推奨したい。ドイツの都市に目を向けると、よく似た発想に基づいた事例が数多く見られる。もちろん日本が模倣する必要はないし、その背景の概念も異なる。しかし、「ストック・シェアリング」という言葉を媒介にすれば、可能性を広げ、議論を始める出発点になると思う。
今回の社説は、その具体的な事例を示しながら、この概念の価値を広く伝えてくれている。日本の地方に眠る「地域の宝」が再び輝くためのキーワード、それが「ストック・シェアリング」である。(了)

以下、中国新聞の社説(2025年8月24日付)
分かち合う「地域の宝」
週のはじめに考える
白く再塗装された旧校舎に子どもたちの歓声が響き、新設されたエレベーターがお年寄りらも温かく迎え入れてくれる。ここは愛知県豊明市の中心部にある市共生交流プラザ「カラット」=写真。少子化で閉校した小学校を、豊明市が2022年、市民が集う場所へと生まれ変わらせました。
驚くのは利用者の多さ。オープン以来、1日平均千人が訪れ、人数は年々、右肩上がりです。その顔ぶれは乳幼児から、遊びや自習の場を求める小中高生、趣味や生涯学習を楽しもうとする若者や中高年、日本の文化や習慣に触れたい外国籍の人まで、実にさまざまなのです。
閉校を決めた後、小浮正典市長は築50年近くたつものの、耐震性を備えた校舎を再活用しようと考えました。子育て支援・児童発達支援センターを移転しても、まだ余裕があります。そこで、市独特の組織で、高齢者が困りごとを助け合う「おたがいさまセンター」や、一般の市民が講師役を務める「市民大学」、さらに市国際交流協会の事務局も誘致しました。
誰もが自由に出入りし、交流できる「コモンズ」にしようー。コモンズとは英国発祥の言葉で農家が共同で利用する森や牧草地など、共有地や共有財産のこと。市長に助言したのは「ストック・シェアリング」という地域活性化の新しい概念を提唱し、昨年、関連書籍を出版した井澤知旦・名古屋学院大名誉教授。地元の資源(ストック)を地域で共有(シェアリング)することによって新たな価値を生み出し、持続可能なコミュニティーを形成するという考え方です。ストックは建物や土地に限りません。歴史や文化、伝統、人の知恵や経験も含まれます。
旧校舎が市民集う場に
カラットのオープンに際し、市はエレベーターやスプリンクラーの新設、トイレの全面改修など10億円強を投じ、半分は国からの補助金で賄いました。維持費は年6千万円ほど。これだけ皆に愛される公共施設にしては、「安上がり」と言えるかもしれません。
館内には机や椅子、遊具、楽器などが置かれ、多様な講座が開かれる活動室や調理室、売店などがあり、開館時(前9~後9)は常ににぎわいます。小浮市長は「小学1年生が1人でも来られる」安心感、居心地の良さが人気につながった理由では、と言います。子ども服の交換会やマルシェ、同窓会やお祭りなど、利用者からの発案で輪はさらに広がっています。
ストック・シェアリングの実例はほかにもあります。名古屋市熱田区の老舗料亭や老舗和菓子店の店主らでつくる「あつた宮宿会」です。2013年に地元で開催された旧東海道にちなんだシンポジウムがきっかけでした。実行委員会を構成した店主らや地元のNP0、名古屋学院大の水野晶夫教授が、このまま解散も惜しいと結成しました。それまで「あいさつ程度」の間柄だったという熱田神宮門前の老舗同士らが、今や夜通し熱く語り合う仲間となりました。
東海道一の宿場町として栄えた「宮宿」の歴史や文化を「ストック」にまちおこしに取り組んでいます。神宮境内で毎月1日に「朔日市(ついたちいち)」を開催して老舗4店が共同開発した和菓子などを限定販売したり、郷土の偉人らを紹介する紙芝居やかるたをつくったり。周辺を歴史・文化・伝統が根付く「熱田外苑」としてとらえ、にぎわい創出をはかる鉄道会社や新興企業などとの地域再生プロジェクトでも中心的な役割を担っています。
「コモンズの悲劇」克服
先に紹介したコモンズに関わる有名な言葉に「コモンズの悲劇」があります。共有の牧草地に各農家が無秩序にヒツジを増やすと、共有牧草地自体が痩せ衰えてしまうー。要は個人が自らの利益だけを追求すれば、共有の財産はいずれ枯渇するという「法則」です。
カラットや宮宿会の事例は、その悲劇を避ける、というより、人と人のつながりによって、コモンズの価値はむしろ高められることを示している気がします。実は、カラットでも当初、一部の人たちが空間を独占する、大騒ぎするなど、小さなトラブルがありましたが、利用者同士が自ら一定のルールを作ることで解決しました。
閉校した学び舎はいまや地域の宝です。熱田では、門前で商売を営む店主らの地元愛が新たな価値を地域に創出しています。そこにあるモノや文化を共有し、人々の知恵や経験、公共善の考えが加わることにより地域社会を持続させる−。あなたの地元にも眠れるストックはきっとあるはずです。
高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら)
歴史と文化は「都市の質」を作る

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら