
ドイツ・マンハイム市の一角を占める「ガーデンシティ」を歩いた。その言葉は日本では「田園都市」と訳される。現地で見たロゴや住環境から浮かび上がるのは、「緑豊かな住宅地」という以上に、歴史的・思想的な厚みである。欧州発の社会思想としてのガーデンシティを、現地の実像と比較しながら考える。
2025年8月11日 文・高松 平藏 (ドイツ在住ジャーナリスト)
マンハイム「ガーデンシティ」のロゴに刻まれたもの
マンハイム市(人口約30万 バーデン=ヴュルテンベルク州)の北部に広がる「ガーデンシティ」は、全市面積の約10%(8.27㎢)を占める住宅地域だ。その名が示す通り緑豊かで静かな街並みが広がる。
「ガーデンシティ」のコンセプトは19世紀末イギリスで生まれた。外観は「都市と田舎の融合」である。工業化・都市化によって人間性が無視され、居住地のコミュニティが弱体化するという現実への抵抗と理解でき、そして欧州的なユートピア思想だった。
その運営・管理について、今の日本に馴染む言い方をすれば「みんなが主役で、自己決定で参加して、連帯しながら街をつくる」といったところだ。だから管理は協同組合型のやり方で、現代でも類似の組織があたっている。これが当時、ドイツへも飛び火したため、現在でもマンハイムをはじめニュルンベルクやベルリンなどにも「ガーデンシティ」が点在している。
この地区を象徴するのが、約100年前から使用されてきたマンハイム公益住宅公社のロゴだ。約100年前に作られ、ギリシャ神話を思わせる裸身の人間が刻まれている。これは「社会のための創造的な仕事をする」という意思表明であり、強いメッセージを持つ。

なぜ「田園都市」は日本で本来の意味を失ったのか
「ガーデンシティ」は「田園都市」と訳された。「庭園都市」ぐらいが妥当であると思うが、ともあれ、この訳語を通して都市モデルとして広がる。そして郊外の住宅開発や新興高級住宅地の代名詞として定着することとなる。欧州での思想的・社会的背景、例えば協同組合型の管理、住民の自治・連帯思想などは、本質的に継承されなかった。
実際、日本では「田園都市」はもっぱらイメージ戦略の一環として活用され、緑の多い郊外住宅地=ガーデンシティという図式が流通した。社会的共同性、自己決定、連帯といったヨーロッパ生まれの「成果」は、近代日本の社会構造や価値観には馴染みにくく、商業化・個別化の流れの中で置き去りにされた側面が小さくない。
ガーデンシティはただの建築・都市計画モデルではない。欧州の近代史の中で「社会のあり方」を問い続けた歴史の「結果」である。マンハイムのロゴが示す「創造的な公共精神」は、現代都市の課題としても改めて見直す価値があるだろう。(了)
参考出典:マンハイム市統計局Statistikatlas、Stadtarchiv Mannheim、Bundesstiftung Baukultur「Gartenstadtbewegung」他
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地方の都市内にある「資源」を最大活用化

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら