日本の製造業は「美意識」が強みを作っていたのではないか?

リスクマネジメントのコンサルタント、田邉朋子さん(アール・エム・アイ 代表取締役研究所長)からこんな話を聞いた。社員数10人ほどの、ある「町工場」の経営者は、工場のあり方までが「品質」として考えている。そのため、製品の品質は言うまでもなく、工場内の「見た目も」徹底的に整理整頓され美しいそうだ。

推測するに、工場全体とそこに集う人々を一つの「身体」に例えると、まるで明鏡止水の剣士。そこに乱れもスキもなく、経営者の覚悟や整理された美意識が、現場そのものに現れている。これは、技術を極める武道の精神にも通じる部分だ。

ところで西洋では精神と体を分ける二元論の考え方が根強い。しかし美意識とは、精神と体を統合した「身体」による価値基準と言う解釈ができるだろう。つまり経営者の身体を拡大したのがこの工場だ。社員の方にも身体的に経営者の美意識を吸収しているに違いない。

しかし、工場を100人、1000人と拡大した時に、経営者個人の美意識から離れ、「理念」や「制度(たとえばISOのような国際規格)」によって“精神”と“体”を組織的に分ける必要も出てくるだろう。「精神」は理念とか哲学、「体」は現場・習慣だ。

日本のものづくりが力強いのは、この「精神と体を統合する美意識」によるものだろう。一方で「精神と体」を分離して美意識をシステムに展開するのがどちらかと言えば不得手だった。たとえばiPhoneが出た頃よく指摘されたが、デバイスの中には日本製の信頼性の高い部品が数多く使われている。しかし、ネット時代の“デバイス”として設計しシステム化するのは、日本のメーカーには難しかった。これを裏付けるのが「美意識型製造業」の構造と理解できそうだ。(了)


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運