
ドイツ・フランス・ベルギーに挟まれた小国ルクセンブルク大公国は、無料の公共交通を実現したモビリティの「大国」だ。ツーリストとしてルクセンブルク市を訪問したが、快適そのものだ。
2025年9月10日 文・高松 平藏 (ドイツ在住ジャーナリスト)
これは「地上を走るエレベーター」だ
ルクセンブルク大公国で、2020年から市民と訪問者は、国内の公共交通機関を無料で利用できるようになった。
都市発展をテーマにしている私にとって、都市をできるだけくまなく歩きたい。それだけで様々な洞察を得るからだ。
2025年8月に私はルクセンブルクを訪問し歩き回った。だが疲れる時もある。そんな時、切符や料金を気にすることなく、未来的なデザインの路面電車や電気バスに飛び乗れるのは、素晴らしい。まるで「地上を走るエレベーター」だ。シンプルで、いつでも利用でき、そして快適だ。
しかし、この無料公共交通はツーリストの観点だけでなく、都市発展の観点からも刺激的だ。

無料公共交通は「リッチな国の贅沢品」ではない
ルクセンブルクは一人当たりのGDPが世界でもトップだ。経済的には裕福な国である。公共交通の無料化には、確実な財政裏付が必要だが、「リッチな国」だから実現したわけではない。適切な人口密度、適切な地理的範囲といった、いくつかの重要な前提条件が求められる。
人口規模を見るとルクセンブルク大公国の人口は約68万人(ルクセンブルク市 約14万人)。これは千代田区(約69万人)程度の人口の国である。
広さはどうか?面積は神奈川県(約2,416平方キロメートル)と同程度。この「狭さ」ならば、「国」として全体の管理は比較的容易で、公共交通機関の一元的管理がしやすく「適切な地理的範囲」と言えそうだ。
また、無料の地域公共交通は、政府からの「プレゼント」ではない。「経済」「環境」「社会」のバランスを考えた総合的な側面からの有用性を考えたものである。それを次に見ていこう。


無料公共交通の三つの役割
一般に、無料公共交通には、次のような大切な役割がある。
- まず、移動の自由は基本的な人権だ。所得に関わらず誰もが自由に移動できる。これにより、仕事や社会活動、文化参加といったアクセスの基盤となり、都市の社会的なつながりやコミュニティの活性化が期待できる。
- 環境面では、自動車がもたらす大気汚染や健康への悪影響を減らす。また、交通渋滞やCO₂の排出削減にもつながる。ただし、自動車利用が減る効果はまだまだ限定的で、ここは今後の課題だ。
- 経済面では、良好なモビリティが企業や熟練労働者を呼び込み、地域の魅力を高める。特に小売やサービス業の活性化につながり、地域の経済立地政策にとっても重要なポイントだ。

無料公共交通には社会的・環境的な価値もあり、移動確保の基本的な社会給付だ。そのため「部分的なベーシックインカム(最低限の生活を保障するお金)」と見ることもできる。また同時にこれは、生活の質や都市の持続可能性を支えるサービスで、自治体や国家が市民の生活保障の一部として提供すべきものとも言える。これはドイツ独自の「生存配慮(公共的な生活保障)」という概念の考え方と似ている。
しかし、無料公共交通の経済的効果は多くが間接的かつ長期的で、数値化が難しいことが大きな問題だ。定量評価の困難さが、政策的に普及させる際の最大の障壁である。
日本に目を転じると、全国での無料公共交通の実現は、現状では難しい挑戦だ。それにしてもルクセンブルクの例は、未来の都市交通のあり方について、貴重なヒントがたくさん含んでいる。(了)

参考資料:
Agora Verkehrswende (2023): Mobilitätsgarantie als Teil der Daseinsvorsorge angehen. Berlin, 2. November 2023. https://www.agora-verkehrswende.de/aktuelles/mobilitaetsgarantie-als-teil-der-daseinsvorsorge-angehen
Lok Report (2025): Luxemburg: Fünf Jahre kostenlose Nutzung öffentlicher Verkehrsmittel – eine positive Bilanz für die Mobilität in Luxemburg. https://www.lok-report.de/news/europa/item/56641-luxemburg-fuenf-jahre-kostenlose-nutzung-oeffentlicher-verkehrsmittel-eine-positive-bilanz-fuer-die-mobilitaet-in-luxemburg.html
高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら)

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら