
奈良県明日香村・飛鳥で一枚のポスターが目に止まった。「日本国創成のとき〜飛鳥を翔けた女性たち〜」。推古・持統ら女帝の活躍を前面に押し出し、「日本史上、女性が最も力強く活躍した場所」とうたう、そのコピーは、日本の国家形成史をジェンダーの視点から根本的に問い直す可能性を秘めていた。だが説明文を読み進めると、その問いは観光と地域振興の言語に回収されていき、なんとも「惜しい」。文化政策の視点と国家デザインのあり方を、天皇制をめぐる現在の継承問題から整理してみたい。
2026年7月20日 文・高松 平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
1. 飛鳥のポスター──「惜しい」一枚
今年の2月、たまたま訪ねた飛鳥。ここで見つけた日本遺産のポスターには、華やかな衣装の女性たちが、描かれ、その上に「日本国創成のとき〜飛鳥を翔けた女性たち〜」と大きく掲げられていた。
ポスターに描かれているのは、推古・持統・斉明らの女性天皇だけではない。日本最初の尼僧とされる善信尼や、歌人の額田王も含めた5人の女性たちだ。彼女たちが少女漫画のようなタッチで描かれているのを見たとき、直感的に「クールジャパン仕様」を意識したデザインであることが伝わってきた。
コピーには「日本史上、女性が最も力強く活躍した場所」と飛鳥のことをさしている。昨今の皇室の問題を鑑みると、「よくここまで踏み込んだな」と感じた。と言うのも、日本の国家形成を、男性天皇の直線的系譜ではなく、女性の政治的主体性と結びつけて語っているように見えるからだ。つまり現代のジェンダー観から天皇制を考える格好の素材だ。
ところが説明文を読み進めると、話は別の方向へ横滑りしていく。「日本遺産」の説明文ではこう、書かれる。
日本遺産とは、平成27年度に文化庁が新たに創設した、文化財版クールジャパンです。地域の歴史的魅力や特色で、日本の文化・伝統を伝えるストーリーを「日本遺産」に認定しています。ストーリーと関わりの深い有形・無形の文化財なども活用することで、地域の活性化に役立ちます。
つまり、歴史の問いを深めるよりも、地域活性化や観光振興へと話が着地する。「文化財版クールジャパン」という枠組みに収束してしまうのだ。
ここで思わず出てくるのが、「いい素材なのに、結局そこに落とすのか」という感想だ。歴史を使って今日の社会を考え直す絶好のチャンスなのに、観光の物語に還元される。このポスターに見る射程は文化行政だ。しかし、その背後には日本の文化政策全体の方向性が透けて見える。

2. 天皇は「国家道徳」の中心だった
文化政策を考えるときに、民主主義を採用した近代国家とは何かを整理しておく必要があるだろう。言うまでもなく、日本もこのカテゴリーに当てはまる国である。
近代国家とは制度的なことのみを指すのではない。自分がなぜ存在するのかを問い、説明することを求められる。本稿では、これを「国家理性」と呼ぶ。古典的な意味での国家利益や権力技術ではなく、国家が公共圏の議論を通じて自らを問い直し、自己理解を形づくっていく働きを指す。もちろん国家そのものに人格はない。しかし、公共圏で生まれる言葉や批判によって、国家はあたかも自分を見直す主体であるかのように見えてくる。
ドイツの連邦大統領は、その象徴の一つだ。強い政策決定権を持たないが、憲法の価値や民主主義の基準を内外に向けて言語化する役割を担う。 私はそこに、「国家の主体が自分自身を説明する声」としての機能を見ている。
これに対して戦前、日本の天皇制は、「国体」の中心に置かれ、国家道徳の象徴として機能した。ここでは議論を明確にするため、理念型として単純化して述べるが、「国体」は、国家理性のように公共的理性によって国家を説明する仕組みとは異なる。むしろ、国家があらかじめ正しい方向を与えるものと想定され、国民を導く仕組みとして機能した面がある。
つまり国体は、国家を市民の討議によって検討していくものではない。国家が国民に対して保護者のようにふるまい、その秩序への従順を求める仕組みだった。そこでは、忠誠や献身は公共圏で選び取られる価値ではなく、最初から与えられた道徳的な義務として理解された。制度としては断絶しているが、この考え方は今でも残っているように見える。
3. 国家を問い直す力──道徳と倫理のあいだ
公共圏によって国家が自分を見直す社会と、あらかじめ与えられた国家による道徳が強く残る社会。これがおそらく、あの「惜しいポスター」を生み出している背景の一つではないか。
ここで本稿で用いる道徳と倫理を整理しておく。
道徳とは、ある集団や社会の文脈の中で共有されている規範を指し、絶対善のように機能しやすい。感覚的に言えば、いかにも反対しにくい言い方で出てくる。
一方、倫理とは、その規範を外からも問い直しながら、よりよい共存の形を考えることとして区別する。常に「その善悪の判断はあっているか?」「その判断にはどんな例外があるか?」といったことを考えることが想定されている。
この整理から言えば、道徳とは社会を固定的に維持する傾向が強い。これに対して倫理は、その社会が本当に正しい方向に向かっているのかを考え続ける。たとえば「みんな仲良くしましょう」は大切な価値で、どちらかと言えば道徳的だ。
しかし倫理的に考えるなら、「意見が異なる人々が存在する中で、どのように共存するのか」という問いが生まれる。そこには、対立を単に避けるのではなく、違いを言葉にして共有することによって「社会」が自分を理解していく働きがある。近代民主主義において重要なのは、価値を共有することだけではなく、その価値自体を公共圏で問い直せることである。平たく言えば「国としてどう生きるか」と言うことを市民が練り上げていく形だ。「国の自分探し」が組み込まれている。ドイツの場合、大統領が「国としてどう生きるか」の部分を言語的に表明する機能を果たしているわけだ。
ここでもし、天皇・皇室が国家の道徳ではなく、大統領のように理性の象徴として位置づけられた場合どうなるだろう?天皇・皇室の平和や人権に関する発言は、「国家が自らの価値を説明する契機」として公共圏に持ち込まれる可能性がある。市民はそれを受け取り、賛同したり批評したりしながら、国家のあり方について考えることができる。
しかし国体的な枠組みでは、その言葉は「日本らしさ」や「国柄」と結びつきやすい。その結果、討議の素材というより、共同体の価値を確認するものとして受け取られる場合がある。
他方、筆者は逐一天皇・皇族の発言を確認しているわけではないが、平和、人権、国際協調といった普遍的価値に向かう内容も多い印象がある。つまり、発言自体は倫理的な方向性を持っているのではないか?しかし、日本国内では「尊いお言葉」として受け止め、なお道徳的理解に寄る場合が多いのではと感じる。

4. 文化政策は社会の自己理解を支える
飛鳥のポスターに話を戻そう。
「日本史上、女性が最も力強く活躍した場所」というコピーは、本来、天皇制のジェンダー史を現代の視点から問い直す契機になり得る。
男性継承の絶対性を疑い、国家形成の物語を多元的に描き直す入り口にもなる。もちろん、このポスターの制作者がそこまで意図していたとは限らない。しかし、歴史文化を扱う政策には、社会が自分自身を考え直すための問いを生み出す役割がある。
文化政策とは、文化財を保存し、観光資源として活用するだけの制度ではない。社会が歴史や価値観を問い直すための公共圏を支える制度でもある。
ドイツの文化政策を見ていると、文化は単なる装飾ではなく、民主主義を支える構造の一部として扱われている。博物館や劇場、地域文化活動は、過去を保存する場所であると同時に、市民が社会について考える場所でもある。
一方、日本では文化は社会の根幹に組み込まれた機能というより、装飾的なものとして扱われる傾向がなお強い。そのため、歴史や文化が内包する問いは、公共的な議論へと展開する前に、行政実務や観光振興といった目的へと回収されやすい。飛鳥のポスターは、その構造を象徴的に示しているように見える。
さらに重要なのは、歴史をどのように解釈するかという枠組みそのものである。日本の場合、あらかじめ用意された歴史の解釈枠組み、すなわち自虐史観や司馬史観など特定の史観が、定着した物語として、議論の前提として作用しやすいように思う。解釈や評価があらかじめ用意されたフレームに沿って判断されるため、議論そのものが固定化されやすいのである。これは前述した道徳と同様に、「問い直す契機」を弱める側面を持つ。しかし、倫理的に歴史を扱えば、今日の重要な価値観から見た場合、歴史をどう再解釈し、現代における意味を生成できるか、と言う議論に展開できる。
そう考えると、あのポスターには、日本の国家形成、女性の政治的役割、さらには「伝統とは何か」という問いへと接続しうる可能性が確かに含まれていた。しかし最終的には、それらの問いは「文化財版クールジャパン」という枠組みの中に収まってしまう。だからこそ私は、繰り返しになるが、「いい素材なのに、もったいない」と感じたのである。
文化政策の役割は、過去を保存することだけではない。社会が自分自身を理解し直し、「これからどのように生きるのか」を考えるための場をつくることにある。(了)
参考文献
明日香村・日本遺産「飛鳥」(2015)『日本国創成のとき〜飛鳥を翔(かけ)た女性たち〜』https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/special/meguri/asuka/
Bundeszentrale für politische Bildung (bpb), Pohl, Manfred(2006)„Geschichte und Einfluß des Kaiserhauses“ https://www.bpb.de/shop/zeitschriften/izpb/japan-255/10153/geschichte-und-einfluss-des-kaiserhauses/
Yazovskaya, Olga(2018)“Concept of Kokutai as National Essence in the Foundation of Japan’s Imperial Subjectness in Late XIX — First Half of XX Century”, IJASOS, Vol.4, No.11. https://doi.org/10.18769/ijasos.455681
OAG Deutsche Gesellschaft für Natur- und Völkerkunde Ostasiens(2010)„Organismus-Theorie, Familienstaat und Kokutai“ https://oag.jp/img/images/reports/12.Organismustheorie.pdf
Deutscher Bundestag(2024)„Der Bundespräsident“ https://www.bundestag.de/services/glossar/glossar/B/bundespraes-245354
Bundespräsidialamt(2024)„Amt und Aufgaben“ https://www.bundespraesident.de/DE/amt-und-aufgaben/amt-und-aufgaben_node.html
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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら


