
京都の学芸出版社で、文化政策の研究者である松本茂章さんにご招待いただき、対談を行った(2026年6月25日)。テーマは「ドイツの文化政策~日本との比較から~」。この時、松本さんの質問に対して、私が話した内容を簡単にまとめておきたい。簡潔に言えば、ドイツは文化政策を「民主主義の維持メカニズム」「国家構造の一部」として位置づけているという点である。
2026年7月11日 文・高松 平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
政策と行政、文化のイメージ
まず前提として、政策と行政を区別する必要がある。政策は戦略立案であり、行政は戦術と実践である。日本では政策が行政実務と一体化しやすい傾向がある。文化政策も「文化行政」の延長として扱われ、戦略的な国家デザインとしての視点が欠落しているように思う。それに対して、ドイツではこの区別が比較的明確だ。
さらに文化の位置付けを見ると、ドイツでは「社会という体の内臓」である。つまり社会の生命維持・自己再生産に不可欠な機能として考えられている。心臓や肺と同様、なければ社会は死に至る。これに対比させると、日本における文化は「社会という体に着せる服」である。装飾的・外面的なもので、社会の根幹に組み込まれた機能として捉えられていない。服がなくても体は生きるが、内臓がなければ生きていけない。
バイエルン州のエアランゲン市(約12万人)の事例を見よう。2000年代初頭、市文化局がシンポジウムを開催した。テーマは「都市にはどのぐらい文化が必要か」。つまり「文化は自治体に不可欠」ということが前提にある。さらに登壇者は、行政、市議(政治)、商工会議所、大学(学術)、教会(宗教)の代表者。文化は都市のあらゆる分野と接続している。文化政策は都市全体の構造に関わる課題であることを表していた。
また30年前、日本の自治体の文化関連フェスティバルで取材をしたことがある。「なぜ行政が文化を執り行うのか」が取材テーマだったが、それに対応してもらえる職員がいなかった。その数年後、エアランゲンで同様の取材を行った。相手は市の文化の責任者だ。彼は「自治体と文化の関係」をとうとうと語った。ほぼ同時期のこの対比は、日独の文化政策理解の違いを如実に示しているように思えた。
グリュッタース発言の再解釈
コロナ禍において、当時の文化・メディア担当大臣モニカ・グリュッタースは、芸術の自由は民主主義に不可欠であり、いわば民主主義に酸素を供給するものだと述べた。
この発言は日本でも広く紹介され、「文化を重視するドイツ」の象徴として賞賛された。しかし、その意味と構造は十分に理解されたとは言い難い。日本では文化が「重要なもの」としては語られても、「国家構造の中で不可欠な機能」としては位置づけられていないからだ。
グリュッタースが言っているのは、芸術の価値の高さではない。文化は、社会が自らを省察し、価値や対立を言語化し、他者との理解を可能にする公共的な仕組みであり、民主主義そのものを作動させ続ける条件である。
したがって、「文化は不可欠」という言葉は、「あった方がよい」という意味ではない。それがなければ民主主義が機能不全に陥る、という構造的な意味での不可欠性である。この前提が共有されていないために、発言は称賛されながらも、その射程は十分に受け止められていない。
これを「都市」レベルに持ってくるとわかりやすい。都市哲学の視点からの、私の分析フレームで言えば、ドイツの都市は次のような三層構造で構成される。
⚫︎物理的レベル:空間構造・インフラ・歴史的都市構造など。文化ホールや劇場の建築、道路や鉄道などの整備がここに入る。
⚫︎社会的レベル:市民組織・非営利組織・地域メディアのネットワークなど。市民が自主的に活動する場や、地域の情報流通の仕組みがここに入る。
⚫︎メタレベル:公共圏・公共知・共通善など。どのような価値を共有し、どのような議論の場を持ち、どのような「共通の善」を追求するか。この最も抽象的なレベルがここに入る。
ドイツの都市を観察していると、これらの3層が接続し、メタレベルが厚く体系化されている。文化政策もこの3層全体を視野に入れる。
日本では物理レベルの整備は進む。バブル期の「ハコ型行政」はその代表格だ。21世紀に入って、文化政策は社会的レベルについては議論も進んだが依然、メタレベルの連結が弱い。そして、「文化は社会という体の内臓」ではなく「服」というレベルでの認識がまだまだ強い。その結果、公的議論で「文化も稼がなければいけない」という要求が定期的に議論される。市民側からも「文化は贅沢品」と非難の声が上がることがある。
もちろん、ドイツでも予算に関する議論はあるが、文化の「公共的機能・民主主義維持メカニズム」という側面が議論されにくい。逆に財政難で文化予算カットとなると、市民側からの反対運動が起こる。
話を戻すと、これがグリュッタースの発言の内実であり、同時に支持された理由といえよう。
参考:
「稼げ、発信せよ」という呪い──ドイツから見た日本の文化政策の「違和感」
ドイツと真逆の現象?日本で広がる「反ミュージアム運動」の背景
ドイツで人々は絶えず民主主義的な議論をしているわけではない――しかし、重要なのは「議論を生む見えない仕組み」である

国家を支えるメタレベルの思想
これまで見てきた文化政策の日独の違いは、国家デザインの違いとも言える。
両国は「民主主義の近代国家」である。「近代国家」というとき、主体が想定されている。つまり「国としてどう生きるか」を常に考えなければならない。
ドイツの場合、憲法にあたる基本法にも書かれているが、自由や平等、人間の尊厳、デモクラシーといった価値を大切にし、それを社会の隅々にまで本気で実装しようとする。そのために使われるのが文化だ。
一方、日本は「国としてどう生きるか」よりも、「GDPで何位についた」など「どう勝つか」にアイデンティティを置く。これは勝利至上主義の体育会系文化と重なる。だから、GDPの順位が下がると異常に騒ぐし、「勝つ」ことへのこだわりがずっとある。
参考:
「GDPより『国としてどう生きるか』を考える時代へ」
「体幹」が見当たらない体育会系国家、ニッポン
第二次世界大戦後の経済成長期、日本は「質より量」の働き方でカバーできた。そして、高度な知的訓練を受けた人材、学位を持つ人を十分に活用できなかった。むしろ、「先輩のいうことを聞く体育会系人材」が重宝された。そして、これは高度な知的訓練を受けた人には合わない。なぜなら「それは本当か?」と再考する回路を持っているからだ。そんな「高度な人材」よりも、疑問を抱かず上に指示に従う姿勢が、当時の人事・組織に適合した。
一方、エアランゲン市の部長クラス以上から市長までの人事リストを20年ほど前に調べたことがある。博士号取得者が約10%だった。修士を加えるともっと多かっただろう。構造的にはメタレベルの話ができる組織文化があると言える。
ここで日本を見ると、地縁組織など社会をつなげていた伝統的な人間関係が近年機能しなくなってきた。民主主義は「選挙」という制度面では、世界的に見ると比較的高い質を保ちながら運用されている。しかし、投票は民主主義の氷山の一角に過ぎない。投票に引っ掛けて言えば、「誰に、なぜ私は投票するのか」というプロセスが全くというほど、トレーニングされてこなかった。これは文化政策の違いとよく合う。そして、この二つの進行が「失われた30年」の一因ではないだろうか。
参考:ドイツの小学生が「デモの手順」を学ぶ理由 まず役所、次に地元紙、それでもダメなら?
日本に必要な「メタレベル」の再構築
ではこれからどうすべきか。メタレベルを分厚くする必要がある。例えば昨今の大学では実践が重視される。教育では実践も大切だが、思考を広げるような知的訓練をきちんとすべきである。これはいわゆる知的エリートの育成ということになるだろう。クラシックな考え方だが、私は大学はそういう教育機関であるべきと考える。メタレベルを担う人材は自然には育たない。
同時に、文化政策を充実させることによって、人々のメタレベルの思考を全体的に高めることができると考える。
「それは本当か?」と問いを立てることや、自分や社会の思考・価値を振り返る力(メタ認知)をつけることができるからだ。さらに、意見の交換には摩擦がつきまとう。摩擦があるからこそ社会にダイナミズムが生まれる。無摩擦の中立は「停滞」しか生まない。ただし、ここでの摩擦とは人格を傷つけあうことではない。だから論破やマウントという言葉とは180度異なる。文化とは民主主義のための安全な意見交換の場である。ここには学習・解釈・意味形成の持続的プロセスが生まれる。
このような文化が制度的に裏付けられるとき、それは「知識エリート」とそうでない人との中間領域を強化する。それは「知性の分裂」ではなく、よりダイナミズムと安定が両立した社会につながる。「民主主義・近代国家」である日本を、このような考え方をもとに動くようにするべきだろう。文化政策はそのための有力なフレームになると思う。(了)
この対談を聞きにお越しくださった西村仁志さん(元広島修道大学教授、環境共育事務所カラーズ代表)が、私の問題意識を的確に理解いただき、ご自身の専門であるインタープリテーションなどの問題にも広げて書いてくださっている。記事はこちら→ 『**とはいったい何か』
著書紹介(詳しくはこちら)
都市社会の民主主義についてのヒント

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら


