
クリスマス市場はドイツの様々な都市で行われる。商業イベントという以上に「都市のリビングルーム」の冬版だ。筆者が暮らすエアランゲン市(人口12万)でも、家族や友人が誘い合って日常的に集う。だが、その足元には巨大コンクリートブロックや鋼製ポールがひっそりと組み込まれ、空間は静かに変質している。本稿では、この公共空間に埋め込まれた価値観を、中国・深圳の都市空間と比較しながら考察する。
2025年12月8日 文・高松 平藏 (ドイツ在住ジャーナリスト)
強化されるクリスマス市場の安全装置

エアランゲン市のクリスマス市場は、2016年の車両の突撃によるベルリン襲撃事件を契機に、他都市と同様に分厚いコンクリートブロックが配置され、今年は会場内部にまでポール(冒頭写真)が追加された。州内の自治体では監視カメラの設置やパトロール要員の増加など、安全確保のためではある。
ドイツのクリスマス市場は、日本の商業イベントとは役割が大きく異なる。会場になるのは、歴史的な建造物が残る中心市街地だ。歩行者中心に整備されている。小売店も集中しているが、消費者地という以上に「社会のリビングルーム」として普段から人々が交わる空間になっている。その冬版としてのクリスマス市場は、観光資源である前に、都市社会の基盤として機能している。
ここの信頼は、「知らない他人たち」と自然に混ざり合う経験で支えられている。家族・友人・仲間・顔見知りが交わる“濃淡のある接触”が積み重なることで、他人に対する最小限の期待、すなわち「私は他人を傷つけないし、他人も私を傷つけない」という感覚が生まれる。そして、この空間の設計と管理を行なっているのが、「われわれの代表による権力(具体的には透明性の高い行政)」である。
しかし、調査※によれば、最近ではバイエルン州の3分2の人々が市場の安全に不安を抱いており、この信頼は揺らぎ始めている。
※Weinhold Hernandez, M. (2025, November 24). „Es gibt keinerlei konkrete Hinweise auf Anschlagspläne“. Süddeutsche Zeitung. https://www.sueddeutsche.de/bayern/christkindlmarkt-bayern-sicherheit-weihnachtsmaerkte-joachim-herrmann-anschlag-li.3343403
中国・深圳とドイツ・クリスマス市場:同じ技術、異なる価値観
最近、中国の知人からこんなことを聞いた。今日の深圳では「スマートフォンをカフェに置き忘れても盗まれないんですよ」。
推測するに、「不透明性の高い権力」によって、高度な監視網が作られ、懲罰の確実性が生み出す安全である。悪意のない人にとっては「安心できる」と感じることもあるし、逆に「やましいことがあるから監視を批判するのだ」と考える人もいるかもしれない。またデータ収集による買い物や交通システムの利便性をもたらす一面はある。
それにしても、秩序維持を最優先とした24時間監視が行われている。個人の行動は常に可視化されていることから、極端な比喩をすれば、市民は「罪なき囚人」のような状態に置かれているとも言える。
興味深いのは、ドイツのクリスマス市場にも監視カメラがあり、技術装置としては深圳と大きく変わらない点だ。違いは、どのような価値観に基づいて運用されるかである。ドイツの場合は安全性が伴う「自由」を保護し、このシステムを運用する「権力」は透明性が前提である。監視は限定的な状況管理だ。
同じカメラでも、価値観に基づく運用次第で都市体験はまったく異なる。技術は中立ではなく、その意味は価値観によって決まる。
都市は「社会的デバイス」である
都市には道路などのインフラだけでなく、「無数の他人」が集積する。だから都市は「社会的デバイス」として設計される。カメラや技術装置は単なる物理的手段にすぎず、重要なのはどのような価値観に基づき運用されるかである。
おそらく、ドイツの「理想」としては、都市社会における「信頼資本」、すなわち人々の相互信頼と社会的結びつきの総体によって生まれる安心感を、できるだけ複雑な技術を使わずに済ませたいところだろう。
それにしても今後の都市空間はスマートシティ化が進む。最も重要なのはどのような価値観に則ってテクノロジーが運用されるかである。自由と安全の両立を目指す試行錯誤が続く中で、都市が「質の良い社会的デバイス」として機能するかが問われている。(了)
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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら


