
これは筆者の飼い犬の話である。犬の「スポック」は生まれてまだ2ヶ月。先週から我が家の「飼い犬」になったところが、たった1週間でご近所のコミュニケーションが増えた。
2025年8月20日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)

「スポック」がやってきて、一週間。犬も「飼う側の人間」も、新しい環境に慣れることが当面の課題だが、散歩時間のコミュニケーションは格段に増えた。ほとんどはアイコンタクトや軽く「こんにちは」と声を交わす程度だが、郵便配達の人と10分ほど立ち話になったこともある。
もとより、コミュニケーション増加は予想していた。象徴的な出来事が、昨年の友人の誕生パーティ。参加者はほとんど知り合いや共通の友人だが、初めて会うカップルがいた。友人とは犬の散歩で知り合い、パーティに招待するほど親しい関係にまでなったという。
日曜日には、試しに村祭りに連れて行った。スポックは混乱せずおとなしくしていてくれた。村祭りには友人や知人も多いが、いつもより話が弾んだ。
ドイツの都市というのは「多くの人が交わらずにすれ違う、いわば『見知らぬ他人の寄せ集め』」という自覚が強い。だからこそ「知り合うきっかけ」「社交」を盛んにして、生きた都市社会にすべき、という課題を持っている。そんな意味では、犬は都市社会の形成に一役「飼っている」(文字通り犬だけに…)と言いたくなるほどの活躍ぶりだ。
20年目の笑顔
さて、同じ集合住宅に1人住まいの高齢女性がいる。
住宅全体の問題などが起こったときに連絡を取り合ったり、彼女が不在の時に荷物を預かったりする程度の仲だ。20年以上前から知っているが「友達」というわけでもない。現役時代の彼女は大学教授の秘書で、いかにも几帳面でテキパキ仕事をする雰囲気の人だ。子供目線で言えば、ちょっと「怖そうなおばあちゃん」である。
しかし、ひと月ほど前、犬を飼う話をしたとたん、「それは素敵。ワンちゃんが来た暁には、触ってもいいですか?」と尋ねてきた。「もちろんですよ」。
スポックが拙宅にやってきた初日、近所を散歩していると、彼女が前から歩いてきた。「ついにやってきたんですね。触っても?」「どうぞどうぞ」。
「テキパキ秘書」の女性の満面の笑みを初めて見た。(了)
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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。