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高松:技術者が多機能性を追求した末に、ボタンをやたらつけすぎたテレビのリモコンを作るようなものでしょうか。

国定:そうそう。本当は要らないのだけど、ボタンをひとつ多く付けることに付加価値を感じるわけです。市長の視点から言えば「それって無駄でしょ。寧ろ、このボタンを外す方が市民にとって良いのでは」と考えるわけです。


役所のマニアックな仕事文化ができる理由


高松:市長時代「これはどう考えても、おかしいだろう」という常識ってありましたか?

国定:申請書がそうでした。例えば、引っ越した時に住居変更はもちろん、お子さんがいれば児童手当などもありますよね、諸々手続きで必要なのは氏名、性別、住所、電話番号と、だいたいこの四情報です。本人確認に必要充分な情報なのにも関わらず、すべての手続き申請書がバラバラなのです。

高松:そういう基本の情報は一つ書けば、そのまま流用できるようにすればいいのにね。よくありそうです。笑

国定:「どうしてバラバラなのか?」 と問うと、「この書式は昔からのもので、(すでに定年退職した)先輩が作ったものですから」という話が出てくる。

高松:市民向けとは確かに言い難いですね。

職員はプロフェッショナルとしての誇りを持っているが、この世界独自の『付加価値』が市民から見ると違和感のある仕組みを作ることになるという。三条市の事務所から対談に応じてくださった国定さん。


国定:でもそれは彼らの世界からすると付加価値を付けたわけなので、その「作品」は大事にしたいわけです。
それで、あなた方が必要なのはこの四情報、書類の上に書こうが下に書こうが同じではないか。と言うと、最終的には「そうですね」とはなりますが、それにしても最初は明らかに抵抗があるのです。

高松:最終的にどうなりましたか?

国定:書式を一つにしました。一度書けばカーボンコピーで他の手続きでも使えるように。でも、そこまで徹底してワンストップをやっているところって、恥ずかしながら日本の地方ではほとんどありません。

高松:原因が職場文化であるのはわかりましたが、他にも理由はありますか?

国定:国ですね。「これ参考例として、こういう書式でやって下さい」と言って、地方に振ってきます。そして、地方自治体のそれぞれの部署は、それを絶対だと思って後生大事にする。様式の統一を進めようとすると、いよいよ「厚生労働省からこういう通達が来ていますから」というふうになるわけです。


「縦割りの中央省庁」と「総合行政の地方」の関係


高松:その話を聞いて連想したのがコロナ対策です。政府が「自粛を要請する」という、妙な言い方をしたのとよく似ている。お上から「従うのは当然だからね」という空気が送られてくるような感じです。

国定:そうそう、「強い空気」が来ます。でも厚労省を除く、ほかの省庁はそんなにガチガチに思っていないはずです。「書式を作るのが面倒でしょうから、私たちが参考例として作ってみました」という程度のものなのですが、しかし受け手の方が過敏に忖度するわけです。私自身が元々国家公務員ですからね。そんな強制的な意味合いで出してはいないのは分かります。

高松:国に対する地方の忖度が問題なわけですね。

地方分権傾向の強いドイツは地方自治体が連邦に対して声を上げることも。税制改革で自治体の負担が増加したことを受け200人の市長がベルリンでデモを行ったこともある。写真は行政職員の集会で自治体の存在感を主張する市長(エアランゲン市 2003年)


国定:2000年に地方分権推進一括法が成立して、国と都道府県と市町村は法的にも上下関係じゃなくなったわけですよ。まあ逆に言うと、1999年までは上下関係だったということですが、それにしても2000年以降は完全に横の関係になっています。

高松:20年ぐらいじゃ、組織にある「心理」のようなものは変わらない。

国定:そういうことでしょうね。もっとも私も行政職員の立場なら「こういう通達が来ているので、ここを守りたい」と、同じことを言っていたと思います。ところが市長になると、市民の方を見る視点が基本になります。

高松:日本の国・自治体の関係のいびつなところが見えた気がします。

国定:都道府県も市町村も首長をトップとして総合行政をします。でも、総理大臣はすべての省庁を監督するわけではなく、中央の各省庁はバラバラです。つまり「縦割り」の国から「総合行政」をしている都道府県や市町村にその空気が流れ込んで来るので、構造的におかしくなるのも当然です。


職員に勉強をなぜ勧めたか?


高松:市長をされているとき、職員の方に視野を広げたり、モチベーションを高めるために勉強することを強く推奨されていましたね。

国定:日本の公務員は真面目で硬い人が総じて多いです。一応、法律上は地方分権推進一括法が成立し、自分たちが自分たちの町に磨きをかけていくべき世の中になっています。それは首長と職員の能力に掛かっています。

市長は予算編成にも強い力を持っている。

高松:予算編成の話(第2回)を聞いても、まさにそうですね。

国定:そういう観点で考えると、様々なアイディアを出すためには井の中の蛙じゃ何の情報も得られないし、アイディアも出てこない。色んなところに行って色んな刺激を受ける。
そのためには勉強や遊びも必要です。とにかく外の世界を観なければなりません。ところが職員と話をしていると真逆なのです。

高松:なるほど

国定:地方を磨いていくという点で、職員がこういう資質のままだととても厳しい。それで市の職員がいつでも「いかにも大義名分あり」といった特別な目的がなくとも、県外に出張し、宿泊し、美味しいもの食べて来る。まあ「食べる」というのは無理だとしても、できる限り見聞を広げるための予算を用意しました。しかし、ほとんどの人がそれを利用してなかったという結果でした。


日本がジェネラリスト指向なった理由


高松:今のお話の問題意識もよくわかるし、見聞のための予算も価値あるものだと思います。ただ目を転じると日本の教育と職業の制度そのものに問題があるような気がしてしょうがないんですよ。

国定:と言いますと?

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