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高松:エアランゲンを軸に見ると、隣接都市、広域近隣都市との連携関係があります、コミュニケーションやプロジェクト運営でかえって煩雑になることはありませんか。

バライス:まず、この連携は法的な強制があるわけではなく、あくまでも意思をもって行っているものなので問題はありません。またドイツには補完性の原理(※)というものがあります。これは問題解決の順序の原理ですが、この原理が働いています。

補完性の原理:自治体で解決できないものは州で、州で解決できないものは連邦、という問題解決の順序の原則。それぞれのレベルにおいて自治の権利を持っているのは当然だが、裏をかえせば、自治の範囲を規定する原理でもあるともいえる

医療都市
というビジョン


高松:市長になる前は経済分野の責任者で「経済大臣」のようなポストでした。医療分野のトップの都市をめざすというアイデアはこの時から持っていたのでしょうか。

バライス:私が経済分野の責任者になったのは1988年。その翌年、ベルリンの壁が崩れますが、旧東ドイツで品物やサービスの需要が高まります。それを受けて、エアランゲンも景気がよかった。ところが、そのため経済の構造的な欠陥が見えてこなかった。

まもなく、景気も悪化していきます。93年には市内の労働市場が急速に減り、失業率が上がりました。93-95年にかけて従業員の代表組織と一緒にエアランゲンの強みはどこか、どこに力を入れて職場を増やすかと研究しました。そこで見えてきたのが、医療と健康に関して他の街にない強さでした。

高松 なるほど。それから戦略として構想していったわけですか。

バライス:強みがわかってきて、大学と企業、とくに医療関係の分野でネットワークを作ろうとしましたが、まだこの時点では医療都市というビジョンはありませんでした。

96年に市長に選ばれました。当然市長として新しい市政の方針が必要です。前市長の場合は環境問題をかかげ、自転車道の整備などを行い、「環境首都」に輝いています。環境問題はもちろん重要で、前市長の政策は引き継いでいますが、政治家としては、独自のものを出していかねばならない。そのときに医療関係に強い特長を思い出した。はじめてのスピーチに医療都市という言葉をいれました。

医療都市政策の一環で行った年間モットーのロゴを指差すバライス市長(左)と実務担当のウテ・クリアー氏(中)、ゲルト・ローバッサー副市長(右)。(筆者撮影)


スピーチを終えたあと、盟友である副市長がやってきて「勇気あるビジョンだ」とコメントしてくれました。その後、彼ともう一人のスタッフが中心となってこのビジョンをすこしづつ拡大してくれました。

高松:市長就任から10年をこえました。医療都市という政策をどう評価していますか

バライス:1999年と2005年の2回にわたり医療技術や健康をテーマにした年間モットーをかかげました。市民の健康のためにがんばることは大変喜ばしいことです。市民のあいだでは健康に対する意識が他の街の市民よりはるかに強い。今年の夏にはある調査で健康的な街として84の大都市のうち2位になった。1位はウルム市です。現在の目的はウルムをおいかけ、ウルムを越えることです。

それから私は経済学出身なので職場数のことを最も気にします。そのへんでいうとメルケル首相が述べた「職場をつくることは、社会的なことである」という意見には同感です。現在エアランゲンではすばらしい記録がある。10万4000人の人口に対して9万の職場があります。そして新しくつくられた職場というのは医療関係が多い。


健康から家族へ、
そして教育へ展開


高松:今年は選挙の年になりますが、今後の方針は?

バライス:「健康」に加え、子供と家族にやさしい街ということもすすめています。幼稚園・保育所を大きく拡大や、学校の休暇中に子供の面倒をみるプログラムの充実を図っています。2004年には「家族のための同盟」ができ、活発な活動をおこなっています。

選挙後、もし当選すれば、この続きとして教育を軸に展開するつもりです。そもそも、前市長の時代に、家庭環境の劣悪な子弟を対象にしたプログラムができ、継続しており、年間300万ユーロ投じています。当選後はあらゆる世代を対象とした教育を軸にした政策を展開するつもりです。

<取材メモ>時流を汲み取る政治家
バライス市長の一期目の目立った仕事は医療方面に特化した経済政策だ。これは経済局長時代の成果をうまく反映させることで、政治家としての特徴をアピールできた。
二期目をみると家族政策、そして教育に注力していこうとしている。いずれの政策も時流にのったものといえ、ある種のマーケティング能力に長けている政治家と映る。(了)


高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
バライス市長による医療都市政策をはじめとする、「町の舵取り」についても触れています。


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら