快適な自転車道が作れるパリの本当の理由

滋賀県守山市の元市長・宮本和宏さんは、昨年9月からパリのOECDの研究員としてボランティアについての研究を行っている。約8ヶ月の滞在で見たヨーロッパと、彼の地から見た日本の問題について話した。3回に分けてお送りする。自転車愛好家でもある宮本さんが見たパリの自転車道、そしてデモクラシーが宿っている小さな仏・自治体での体験を語っていただいた。


OECDスタッフの視野の広さ、能力の高さ


高松:現在パリにお住まいで、OECD(経済協力開発機構)の研究員として活動されています。その動機はなんでしょう?

宮本:昨年2月の任期満了に伴い市長を引退。この時、50歳だったんですけど、人生を考えた時に、市長の仕事にしがみ付くのではなく、社会に貢献するという意味で何ができるのかをしっかり考えたい。そんなふうに思ったんです。

高松:フランス・パリを選択した理由はなんですか?

宮本:留学経験がないので、海外で住みながら勉強し、その経験を生かして、次の社会貢献ができたらと思った。それで、どういう形で海外に行けるか、いろんな方に相談して、結果的にOECD、で一年間、研究員のポストをいただいたんです。

高松: 同僚の方たちから触発されるようなことはありますか?

宮本和宏(みやもと かずひろ)
滋賀県守山市(人口約8.5万人)の元市長。1996年に現・国交省に入省。2011年に市長に当選し、3期12年務めた。2023年2月の任期満了で引退し、同年8月からパリへ1年の予定で拠点を移す。OECDの研究員としてボランティアに関するリサーチを行っている。市長時代に自転車首長会の立ち上げに関わる(現在、400以上の市区町村の長が参加)。

宮本:はい。ヨーロッパ、北米、南米、オーストラリアなど、様々な国籍の方々がいますが、英語だけでなく他の言語も堪能。彼らの多くは博士号を持っていて、経済アナリストやデータ分析の専門家です。自らプログラミングを行い、シミュレーションを行っています。日本の政府機関で、これほど語学が堪能な人は少ないし、分析などは外部委託がほとんどです。

高松:実に刺激的な環境ですね。

宮本:EU加盟国に住む人々は、EU内で自由に働くことができるでしょ。だから視点が我々と違うんです。例えばポーランドの人だったら、EU諸国全体が自分の働ける場所、学べる場所ということになる。だから視野がすごく広く、そのせいか皆さん大きな夢も持っている。

高松:なるほど。

宮本:一方で、日本人の場合、自国中心の視点になりがちです。いずれにせよ、こういう人たちが世界にはたくさんいるんだということが、見えたのはよかったです。

高松平藏 (たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。詳細こちら


快適に自転車が乗れる都市、パリ


高松:宮本さんは自転車愛好家でもいらっしゃいますが、フランスでもよく乗っていらっしゃるそうですね。「自転車から見たパリ」はいかがですか?

宮本:とても走りやすいです。特にパリ市長であるアンヌ・イダルゴさんが2014年に就任した後、職場への通勤や買い物など、クルマを使用せず、どこへでも15分でアクセスできるような「15分シティ」という政策を掲げた。その一環として、自転車インフラの整備を強力に推進しています。その象徴的な取り組みの一つが、ルーブル美術館の隣にあるリヴォリ通りです。ここでは、片側二車線の道路のうち、一車線分のみを車用道路に割り当て、残りのスペースを自転車専用の道路に変えました。このように、自転車のための専用スペースを確保する取り組みが行われています。

高松:いいですね。

宮本:また、セーヌ川沿いのリバーバンクスも注目されています。以前は自動車専用道路でしたが、現在は自転車や歩行者のための公共スペースとして整備され、週末には多くの人々が集まっています。またコロナ禍では電車通勤を避ける傾向があり、自転車専用レーンが仮設整備されました。道路の片側に双方向の自転車レーンが整備され、多くの人々が自転車通勤を楽しんでいます。自転車で移動することで、交通渋滞の問題も回避できますし、快適に移動できます。

高松:なるほど

宮本:ただし、自転車盗難のリスクは高いです。ツーリングは問題ないですが、買い物などで自転車を置いておくと危ない。

高松:私が住む人口12万人のエアランゲン市も1970年代の終わりごろから自転車道の整備を始めた先駆的な都市の一つです。クルマが100キロで飛ばす幹線道路と伴走するように自転車道が作られ、場所によってはトンネルまであるなど、大胆に作られています。一方、町の中だと古くからある建築物もあり、基本的に道幅は変えられない。その中で継続的に色々と編成を変えてアップデートしています。パリもよく似た条件ですよね。

宮本:既存の空間の再編ということですが、自転車の走るスペースをどうやって作るかという視点から取り組まれています。代表的なものは先ほど申し上げたようなリヴォリ通りやリバーバンクスですが、街中では、一方通行化して自転車レーンを作ったり、駐車帯を減らして作ったりと、様々な工夫をしながら自転車で走るネットワークが作られています。クルマのドライバーにとっては最悪ですが。(笑)

高松:そうでしょうね。日本と比べてどうですか?

宮本:日本で歩道は3.5mが標準ですけが、パリの歩道って1m程度の狭いものも多いんです。しかし自転車道の幅は充実しています。まあ日本は歩行者優先、これはこれで大事なんですけど、3.5mという決まりが強すぎる。限られた道路通空間の再編を考えた時に、場合によっては歩道をもう少し狭める選択肢があっても良いと思います。とにかく道路空間を物理的に広げるのは非現実的なので、今ある空間を有効活用して、歩行者、自転車、クルマをどう共存させるかという視点が大切ですね。


フランスのオリンピックの準備とは?


高松:今年はパリでオリンピックが開催されますが、どのような変貌を遂げているでしょうか?特に自転車道とどう関連させているのか興味深いです。

歩行者・自転車・クルマ、限られた道幅でどのように編成するかが課題。そのためには理念が大切になってくる。(2019年、パリ市内)

宮本:自転車道に関しては、そのネットワークをさらに広げています。オリンピックの主たる会場に繋げるべく追い込みの整備をしていますね。

高松:じゃあ自転車でオリンピックの各会場へ行けるような状態になる。

宮本:ホームページ見るとそういう案内がされていますね。地下鉄やバス等の公共交通が混むので自転車で来てくださいと推奨されています。

高松:東京オリンピックと比べてどうですか?

宮本:既存施設の活用や仮設の競技場で競技をするケースが多いように思います。例えばサッカーはサンジェルマンの本拠地の競技場決勝戦に使ったり、開会式もセーヌ川で行われるので川沿いに仮設スタンドができると聞いています。新しい施設を作るとお金がかかるわけで、仮設でやり抜くというところは素晴らしいですね。特にコンコルド広場やエッフェル塔のあるシャン・ド・マルス公園などパリの象徴的な場所の仮設スタンドで競技を行うというのは、海外から来た人に感動を与える環境だと思います。

高松:オリンピックは、開催国が近代化したとか、先進国に仲間入りした象徴に使われた時代が長かったですが、パリの取り組みはそういうものとは違いますね。

宮本:そうですね。ロンドンも新規投資は少なかったと思います。地下鉄や自転車道などの移動手段のインフラをきちんと整備はするが、あとはその既存の場所を利用して「仮設」でしのぐという発想ですよね。自転車でオリンピック会場に行けるように自転車道を整備するなど、時代の理にかなっている取り組みだと思います。

高松:そうですね。

宮本:それから、夏になるとバカンスでパリを離れる人が多いですよね。オリンピックは、ちょうどパリが空く時期で、それもまた戦略じゃないかと思えますね。


理念先行で政治にドライブがかかるフランス


高松:話を自転車道に戻します。転車道ネットワークを進める力は何だと思いますか?

宮本:政治力ですね。リバーバンクスやリヴォリ通りは、パリを東西に移動する通過交通のクルマが多いのですが、その人たちはパリ市民じゃないわけです。パリ市民にとってみると、そういう交通が減ると、自分たちが移動しやすくなる。そういう政治的な力学の中で、イタルゴ市長は政策を進めてきたところもあります。

高松:なるほど。

宮本:滞在中に知ったことですが、フランスの自治体の首長の選挙は、市議会議員選挙の中で当選した与党の中の党首が市長になるんです。そして同じ党から副市長がたくさん選任する。パリは28人いるとのことですが、ほとんどが政治任用。そういう形でもって、ノウハウを持った議員が一緒になって政策を進めていく。当然、市長、副市長、与党議員は同じ党から出ているので、そいうの意味で政治的なドライブが効きやすい。

高松:日本とは仕組みが違いますね。

宮本:日本の場合、首長が発言したことが、なかなか議会の理解が得られず、進まない自治体もありますね。しかし、逆に言うと、フランスは政治が暴走すると止まらないその怖さがあります。

高松:ほかに気づいたことはありますか?

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