2026年1–3月のレビュー

2026年3月27日 文・高松 平藏 (ドイツ在住ジャーナリスト)
ニュースはよく見ているし、話題も追っている。しかし、「で、結局どういうことなのか」とモヤモヤが残ることはないだろうか。情報が足りないわけではなく、むしろ多すぎる。その中で、「どこから切り取るか」という視点だけが置き去りになりがちだ。
同じ出来事でも、見る角度が変われば意味は変わる。どのレイヤー(層)から見るかで解釈は変わる。ドイツの地方都市から日本や世界を眺めていると、その「ズレ」がよく見える。ある場所では構造が語られ、別の場所では「どう感じるか」だけが前面に出る。
この3ヶ月は、そのあたりを少し意識しながら、「今」を別の角度から見直す記事を書いてきた。
- 世界の動きは、民主主義と公共圏という軸からどう読み解けるのか。
- 日本社会の前提は、言語化や教育、メディアのどこに埋め込まれているのか。
- ドイツの都市の日常からは、経済や信頼の土台がどのように積み上げられているのか。
- そしてマンガやSFといったポップカルチャーからは、どんな価値観の違いが浮かび上がるのか。
ここに挙げるのは、2026年1〜3月に公開した記事の、ささやかな「復習帳」だ。世界を見る、日本を見る、ドイツを見る、文化から考える——4つの入口から、同じ「今」を別の角度で辿り直してみた。気になるテーマがあれば、いくつか覗いてもらえたらうれしい。(了)
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① 民主主義・世界情勢をどう読み解くか
- 日本社会はなぜドイツのニュース番組を「誤読」するのか?
- 民主主義テリトリズムと公共圏の見方−−米イスラエルのイラン攻撃をめぐって
- 欧州視点で考える:止められなかった民主主義-アメリカの対ベネズエラ行動が示す病理
- ドイツで人々は絶えず民主主義的な議論をしているわけではない――しかし、重要なのは「議論を生む見えない仕組み」である
→ 世界の出来事やニュースを、「民主主義」や「公共圏」という視点から読み解いた論考
② 日本社会をドイツ視点で問い直す
- 言語化能力は個人のものではなく、社会のインフラである
- スポーツはどこで社会とつながるのか——記者会見型講演より
- 久米宏さんの訃報を機に、ドイツから日本のニュース文化の変化を考えた
- 「稼げ、発信せよ」という呪い──ドイツから見た日本の文化政策の「違和感」
→ 教育・メディア・文化政策など、日本の仕組みを比較視点で再考
③ ドイツの都市と社会のリアル
→ エアランゲンを中心に、都市・経済・社会の実態を現場から描写
④ 文化・ポップカルチャーから社会を見る
→ マンガやSFなどを手がかりに、価値観や社会構造を読み解く

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら
