観光政策の「塩梅」は再考した方が良い。また、政策を立てる前のツーリストの消費・目的をもう少し正確に見る必要がある。

「あいつら、ほんまうるさいわ」「まあ、旅行でテンション上がってるからな(仕方がない)」。先般、一時帰国した時、新大阪の駅構内で耳に入ってきた二人連れの若い男性の会話だ。増えるツーリストたちの存在に苛々している人も多いのではないか。筆者のドイツでの見聞や、観光文化と消費動向の観点から言うと、日本の観光政策はどこかで前提を読み間違えているように思う。


大前提を読み間違えている


2024年3月に日本政府は「観光立国推進基本計画」を発表している。地方誘客促進、高付加価値化、滞在長期化などを目標に掲げた。大阪・関西万博も控え、「インバウンド回復」「国内交流拡大」「持続可能な観光地域づくり」に戦略的に取り組む方針が強調された。今年3月に石破総理は訪日外国人旅行消費額5兆円、訪日外国人旅行者6000万人などの目標達成にむけて2025年度末までに新たな基本計画」を策定するよう指示している。

基本計画の文言には「持続可能な観光地域づくり」といったことも入っている。しかし、こうした政策の根底には「消費額」「数値目標」こそ価値があるという短絡的な発想が根強い。統計を見れば、欧米豪からの観光客一人当たり消費額は確かに高い。だが、その理由は「滞在日数が長い」からであり、1日あたりの支出や消費行動は必ずしも派手ではない。例えば、欧州からの観光客は平均して10泊以上滞在する一方、アジア圏の観光客は4~6泊程度が主流である。

アジアの観光客は短期滞在・買い物中心型で、消費額や集客数が政策評価の主軸となりやすい。日本の観光政策は、こうした「アジア型」の観光文化を前提にした設計と言える。裏を返せば欧米豪の「体験・価値重視」「長期滞在型」観光の本質を十分に理解していない。結果として、観光政策は「消費拡大」「数値目標達成」に偏り、観光の質的向上や持続可能性、地域社会との共生といった本質的な課題が後回しにされているのではないか。


ドイツの観光文化は「体験重視と消費の質」


ドイツに目を転じると、彼の国は世界有数の「ツーリスト」の輩出国だ。年間有給休暇は平均28日を超え、長期休暇を利用して国内外を旅行することが一般的。しかし、消費の仕方を見ると、宿泊費には比較的多くを費やすが、飲食や買い物、娯楽などには意外なほど慎重だ。

この背景には、19世紀の都市化とともに誕生した「ツーリスト文化」がある。その源流は貴族階級の旅行に見られるが、20世紀の大衆化・消費化を経ても、「体験」や「文化的価値」を重視する傾向が残っている。そのため訪問先の美術館や博物館、自然体験、歴史的建造物の見学などに強い関心を示す人が多い。観光の本質は「体験の質」にあり、消費の多寡ではないと言うわけだ。これは私自身の経験や友人・知人の行動を見た印象ともあう。


短期・消費主導型が特徴の新興国の観光文化


一方、新興国の観光文化は明らかに異なる。旅行期間は短く、「買い物」や「レジャー体験」に集中し、近年は「セルフィーツーリズム(自撮りによるSNS映え)」にシフトしている。私自身の欧州内での見聞でも、旅行で自撮りをしているのはアジア系の人が圧倒的に多い印象がある。また団体ツアーの比率が高く、効率的に観光地やショッピングスポットを巡る傾向が強い。バブル期における日本人の欧米旅行を彷彿とさせる。

このような消費主導型の観光文化は、経済発展段階や社会的背景とも密接に関係している。経済成長とともに海外旅行が一般化し、消費や物質的豊かさの象徴としての旅行が重視される。日本の観光政策は、こうした新興国型の観光文化を前提にした集客・消費拡大策に依存してきたと言える。

欧米豪と新興国のツーリストの「観光文化」は異なる。(フランス・コルマール 2024年7月6日撮影)

「来たかったら来ても良いですよ」という健全な姿勢


さて、最後に私自身の考える持続可能な観光政策の勘所を書いておこう。
観光の本質は本来、地域社会の価値や文化を守り、持続可能な形で外部に開くことにある。口語的に言えば「来たかったら来ても良いですよ」というあたりがちょうど良い「塩梅」であろう。この程度が地域社会のコミュニティや価値を壊さず、持続可能な観光政策の基盤となる。

したがって、欧米豪の観光客が求める「体験」や「文化的価値」に応えるつもりならば、地域が無理に自らを「売り込む」必要はない。もちろん、買い物ツアーに応えるならば、それは日本全体を「ディズニーランド型スーパーマーケット」にすると良いだろう。だが持続可能性という観点から言うとかなり疑問がある。(了)

動画で解説。字幕をオンにしてごらんください。

参考文献

※最初の部分で誤りがありましたので修正しました(2025年5月5日)


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら