より重要なのは、ユーザーが「知の構造の主権」を持つべき、ということ

このところ、「AIの回答の質は、質問の質で決まる」という趣旨の議論をよく聞くようになった。しかし、これではまだ不十分。ユーザーがAIの「知の構造」の主権を握るべき、というより根本的な課題を考えるべきだ。「知の構造」とは、何を重要とみなし、どのような順序で世界を理解し、どのような論理形式で説明するかという「認識の設計図」である。
2026年5月25日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
「問いの質」、取材の経験がAIにも適用
このところ「AIの回答は、質問の質に左右される」という議論がかなり出回るようになった。ジャーナリストの経験から言うと、これは私にとって当然で、AIを使い始めて程なくして確信したことだった。なぜなら取材対象者から深い答えを引き出せるかどうかは、質問の質に大きく依存するという体験があったからだ。実際、取材に臨むときは、質問の質をかなり意識していた。
この体験から、私がドイツで主宰する研修プログラム「インターローカルスクール」でも、「より多くの問いを立てる」ことを狙いとしている。
ChatGPTが2022年末に公開されたが、使ってみると、取材現場での体験がそのまま通用することに気づいた。
使っているうちに、さらに重大な見落としがあることに気づいた。「質問の質=回答の質」という水準の議論では不十分ということだ。質問の質は確かに重要だが、それ以上に重要なのは、「その質問がどのような知の構造を出発点としているか」という点である。
すなわち「どのような視点から問いを立てるか」「どのような概念枠組みを出発点とするか」ということである。AIに問いを投げかける際、AI は勝手に何らかの構造を含んだ回答を出してしまう。
言語が思考を決定する、という問題
AIを使い始めたときに気づいたことが、もう一つある。それは、使用する言語によって回答の「質と構造」が明らかに異なるということだ。日本語、ドイツ語、英語で同じ問いを投げかけると、それぞれの回答は翻訳されたものではなく、認識の構造自体が異なる。
例えば英語で何か説明する経験のある方は、実感したことがあるだろう。言語によって明らかに発想やロジックの組み立てが変わる。私的体験を述べると、ドイツの新聞から取材されたとき、当初「間違いではないが、何か違う」という仕上がりの記事になっていた。しかしドイツ語の発想が少しずつわかってくると、彼らの「言語の思考境界」に合わせた説明がある程度、できるようになった。すると自分の意図通りの記事に仕上がってきた。つまりユーザーがこの境界を自覚的に選択することが「知の構造の主権」の本質である。
AIの場合、この言語的構造はより複雑になる。AIは一つの「頭脳」で動いている。しかし使用する言語によって、どの知識群や思考パターンが前面に出てくるかが変わる。そのため、同じテーマでも、日本語・英語・ドイツ語では、回答の構造そのものが微妙に変化する。
つまり、ユーザーが決定すべきことは「何を質問するか」ということ以上に、「どの言語的・概念的枠組みで思考させるか」ということである。言い換えれば「知の構造の主権」をユーザーが握るべきだということなのだ。
架空対談実験が示すこと
この問題を具体的に可視化するために、私はAIを用いた架空対談の実験※を何度か行っている。例えば、2023年11月と2025年4月に公開した対談形式の文章では、異なる人物設定と私のプロフィールや記事を読み込ませた「AI高松」を作り、対談を行なっている。またドイツ語でも同じテーマを議論させている。
※次の二つの架空対談・鼎談を作成している
AI架空鼎談:都市開発の視点対立から見える21世紀のバランス ジェイン・ジェイコブズ × ロバート・モーゼス × 高松平藏
AI架空対談 カレル・チャペック × 高松平藏「ターミネーター」について語る
当初は「やってみると面白いかも」という遊び心で始めた。だが進めていくうちに「知の構造」という問いが具体的な形で現れてきた。そして「知の構造」の選択がユーザーの責任だということである。AIがどのように思考するか、どの概念枠組みを参照しやすくなるか、どの文化的文脈を重視するか——それらはユーザーが設定したパラメータによって、大きく方向づけられる。
さて、この論考の主題である、「知の構造」の主権については、特にまとめようと思っていなかったが、きっかけはフォーブスの2026年5月11日付記事「People Are Audaciously Taking Undue Credit For AI-Generated Brainy Outputs」だ。「AIが作ったものを自分の手柄とするな」と倫理的に批判していて、現在の問題をうまく整理している。そしてAIは歴史上、明らかに異質の技術だという重要な指摘をしている。だが、それよりも先に考えるべき問題、すなわち「AIがどのように思考するかを誰が決定するか」という主権の問題である。こういうことが書かれていないことに、物足りなさを感じた。
AIがどのように思考するかを誰が決定するか? この「知の構造」の主権の問題は、AIの利用と議論が深まってくると、必然的に出てくるはずだ。私はそのように確信している。(了)
高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら)
経済・文化・歴史・市民活動・・・ドイツの地方都市は結晶性の高さが魅力だ

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら




