未来社会の設計者へ。民主主義に重要なのは「議論はいつでもできる」という市民が多いことにある。そこで重要なのはメタ・インフラだ。

「ドイツの人々は日常的に政治や社会を語り合っている」――そんなイメージを日本では耳にすることがある。しかし、現実のドイツ社会は四六時中議論しているわけではない。むしろ重要なのは、いつでも議論が始められる社会的条件が整っていることだ。学校教育やローカルメディア、文化政策などが支えるその見えない基盤を、ここでは「民主主義のメタ・インフラ」と呼ぶ。


 「議論の国」という誤解


日本の専門家や研究者の間には、「ドイツの人々は議論好き」というイメージが少なからずある。しかし実際には単純化しすぎた理解だ。「議論のルールは知っているが、頻繁に民主主義的議論を行うわけではない」というあたりが実態だろう。複数の調査では、民主主義の価値を理解する人は大半を占める。しかし、日常的に政治的対話に参加するのは1〜2割、調査によっては3割程度にとどまる。

四六時中議論する社会など、むしろ不自然だ。人間のコミュニケーションは家族、友人、仕事、冗談、ゴシップなど多様な話題で構成されており、その中に政治的議論が混ざる。重要なのは必要なときに議論が成立する「メタ・インフラ」が整っていることだ。学校教育や文化政策、地方ジャーナリズムなどの制度が、市民に「いつでも議論できる準備」を与えている。


目に見えない民主主義の装置


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ここでいう「メタ・インフラ」とは、選挙や議会など制度を支える言論文化、社会的信頼、教育、規範的価値の体系の総体と定義して進める。戦後の制度改革と市民教育を通じ、ドイツではこの目に見えない民主主義の基盤が比較的整備されてきた。社会が理性的に機能するための公共知※を作る「上位の仕組み」とも言える。

※公共知:個人的な知識とは異なり、誰もがアクセスでき、共有可能な客観的な知識。公的な議論や集団的意思決定、社会プロセスの基盤となる知の集合体。

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メタ・インフラを象徴する例を3つ挙げておこう。
まず政治教育だ。「ボイテルスバッハコンセンサス」(1976)に基づき、学校では特定の意見に誘導せず、論争のある問題を論争として扱い、生徒自身が立場を形成する訓練が行われている。だが、5人の教師に取材した範囲ではこのコンセンサスを知っていたのは現在70代の元教師のみ。「大学で勉強したことがある」という。つまり、このコンセンサスを自覚せずとも、生きた民主主義につながる議論の作法が授業内で展開されているというわけだ。

※ボイテルスバッハコンセンサス(1976)とは政治教育での三原則:(1)生徒を特定の意見に誘導しない、(2)論争のある問題は論争として扱う、(3)学習者が自らの立場を形成できるようにする。日本では専門的議論でよく紹介される。

民主主義的な議論のためには、意見形成が重要だ。そのための成人を対象にした教育機関が「市民学校(フォルクスホーホシューレ/VHS)」である。学び直しを通じて市民性を磨く場だが、実は説明がかなり難しい。あえて言えば「生涯教育機関」のようなものだ。

最後が地方ジャーナリズム。地域紙は単なる情報提供ではなく、出来事の背景や構造、解釈を読者に届ける。ジャーナリズムとは「権力の監視」が強調されるが、民主主義的な意見形成・意見交換を進める情報哲学と考えることができるだろう。これが生活の地域内の民主主義的公共空間を生成することに大きく機能している。

この三者が相互に補完し、市民は「いつでも議論できる準備」を保っている。ただし、SNSの影響で意見が断片化し、感情的な表現が増えた結果、建設的な対話の質が低下している点は見逃せない。


民主的議論と日常対話の縮図としてのエアランゲン市


政治的議論がどれだけ日常で行われるかは、教育水準や社会階層、地域によって差がある。教育水準が高いほど抽象的・政治的な話題を扱い、低いほど具体的・日常的な話題が中心になる傾向がある。

筆者が住むエアランゲン市(人口12万人)について、個人的実感を交えながら見てみよう。同市は大学と研究機関が集まる学術研究都市で、市民の教育水準も高い。実際、スポーツクラブ※などのコミュニティでも、自由・平等・連帯、民主主義といったことが確認されずとも、それたの価値観は「生きたものになっている」と感じる。実際の対話は穏やかで、家族やスポーツ、冗談、共通の知人・友人などの話が多い。その上で地方・国内の政治や、歴史的な話題も、ごく自然に出てくる。「内容に重きを置いた会話文化」と言えるだろうか。

※ドイツのスポーツクラブ(Sportverein)は、地域住民が参加する「リビングスタンダード」として長い歴史を持つコミュニティ。単にスポーツを行う場であるだけでなく、会員間の交流やボランティアなどを通じた「スポーツを核にしたコミュニティ」であり、目的別の関係性形成の中心的役割を果たしてきた。

もちろん全員がそんな対話をするわけではない。
ずいぶん以前だが、どこの店が美味しい、あそこのアジア料理が良いといった話ばかりをする人がいた。もちろん、そんな話も普通の話題として出てくることもあるが、この人の話はほとんどが「グルメ談義」だった。「外国人」の私にとって「ドイツらしくない」と感じたが、他の人もあまり感心はしていなかったようだ。「内容に重きを置いた会話文化」に対応していなかったのだろう。

エアランゲン市の市民学校(フォルクスホーホシューレ/VHS)のカフェ。楽しい語らいから民主主義的議論まで行われる。(筆者撮影)

意見と人格の分離:批判は否定ではない


日本に目を転じると、民主主義的な議論そのものが稀少な「イベント」として扱われがちだ。特に2000年代には「哲学カフェ」や、語る機会を作る動きがあった。こうした機会に意味はある。しかしドイツと比べると、議論そのものよりも「議論を支える仕組み」が弱いために必要性が出てくる。民主主義のメタ・インフラが十分に整っていない証拠だ。

歴史的に見ると、ドイツでは17〜18世紀に「理性で自己決定する私」というメンタリティが形成され、「意見と人格」が比較的分離できた。「意見」は変わるものだし、それを形成することも重要で、また他者の意見とは完全には一致しない。時には対立を避けたいこともある。それでも人格的には信頼関係は築ける。

日本の場合、「意見を述べる自我」はしばしば「調和を乱す」と解釈される。全体の調和は大切なことだが、そこに注力されると、民主主義的なコミュニケーションが成立しにくくなる。「批判」は前提を精査し、より理解を深め、新たな意味や価値を創造する知的営為だ。しかし、日本社会では「批判」は否定と取られがちだ。


「いつでも議論できる市民」を育てる


戦後の日本では、民主主義のメタ・インフラ整備や「民主主義を使いこなすトレーニング」はほとんど行われなかった。先ほど生涯教育機関として紹介した市民学校の説明が難しいのは、日本のメタ・インフラが脆弱だからだ。

逆にメタ・インフラがあるためにドイツでスポーツや文化政策、都市計画にまで民主主義と紐づけられる。おそらく日本社会ではそのつながりにピンとくる人は少ないはずだ。この点については、論を改めるが、メタ・インフラがあれば、多くの分野と民主主義の関連性が必然的に生じ、「生きた民主主義」に繋がりやすい。

民主主義とは、投票率や議論の頻度といった数字だけで測れるものではない。問題が生じたときに、感情ではなく言葉で対応できるかどうかだ。これは「私たち一人ひとりの態度」という視点で考えることもできる。しかし本当に問われるのは、多くの人が「いつでも議論できる状態」に置かれているかどうかだろう。だからこそ、それを支える「見えない仕組み」作りが民主主義に不可欠なのだ。(了)

参考文献:
Mannheim Centre for European Social Research (MZES). Talking about politics: Who likes it – and who avoids it? , University of Mannheim, 2024.
https://www.uni-mannheim.de/en/newsroom/media-relations/press-releases/2024/juni/talking-about-politics-mzes-focus/
Bundeszentrale für politische Bildung (bpb). Politisches Interesse und politische Partizipation – Sozialbericht 2024.
https://www.bpb.de/kurz-knapp/zahlen-und-fakten/sozialbericht-2024/553361/politisches-interesse-und-politische-partizipation/


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「スポーツクラブは民主主義の学校」の意味、分かりますか?

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら