メルツ政権発足100日、ドイツの地方都市は経済の観点からどうみているか?現地のシンポジウムよりお送りする。

ドイツの地方都市から見たメルツ政権の100日は、期待と不満が交錯するスタートとなっている。9月11日、エアランゲン市(人口12万人、バイエルン州)の文化施設で開催されたシンポジウム「ベルリンの時代の転換点? 経済政策100日に焦点–エアランゲンでの対話」では、同市の市長や経済関係者らが政権への評価を語った。特に「信頼」と「実行力」の課題が浮き彫りになった。


信頼なき政治と官僚主義の壁


このシンポジウムは市内の若手経済人団体が主催したもの。市長のフロリアン・ヤニック氏は、新たな法律や規則が市の行政負担を増やしている現状を指摘し、「政治と経済界、市民との信頼関係が欠けているため、官僚主義が温存されている」と説明した。規制緩和には「失敗しても責任を問われない」という環境が不可欠だが、現実には訴訟リスクのため行政が慎重になりすぎ、柔軟な対応が難しい。結果として過剰な書類や複雑な手続きが続き、これが官僚制度の効率化を妨げていると位置づけている。

市の経済担当責任者のコンラート・ボイゲル氏は、メルツ政権が約束したエネルギーコスト削減などの政策が遅れている点を厳しく批判。2008年の金融危機時、メルケル政権が2カ月で経済支援策をまとめた例を引き、拙くとも迅速に動く重要性を強調した。

同市の商工会議所評議会議長のヨハネス・ホフマン氏は、「メルツ政権のエネルギー政策は、まず大企業のエネルギーコスト軽減に重点を置いているが、大企業はドイツ経済に欠かせない存在であり、製紙、自動車、化学といった主要産業のための対応は理解できる」と述べた。そのうえで「中小企業向けの具体的な対策はまだ示されておらず、その点で政権の政策には疑問が残る」と指摘した。つまり、現状のエネルギー政策は大企業優先で段階的に進められているが、中小企業への配慮が不足しているとの批判である。

市内の文化施設で行われたシンポジウムの様子(2025年9月11日)

次世代を見据えた持続可能性の欠如


若手経済人団体のカロリン・ホフムート氏は、政治が目先の選挙対策に傾斜し、将来を見据えた政策の立案が不足していると指摘。そのため企業が長期計画を立てられず、国外移転を検討する事例が増えていると訴えた。

さらに、社会保障費の膨張も問題視された。エアランゲン市の年間予算約6億ユーロのうち約1億ユーロが社会保障費に充てられており、投資余力を圧迫している。ヤニック市長は「必要な対象に的確な支援を届ける仕組み改革が急務」と説き、ボイゲル氏も「現状の社会保障費の増加が企業の人件費負担を重くし、賃金抑制や正規雇用を控える原因となっている」と警鐘を鳴らした。

会場からは、保育施設の不足や女性の就労機会の制約も問題に挙げられ、子育て支援と都市の競争力は密接に結びつく課題として共通の認識とされた。

シンポジウムの締めくくりに登壇者らは、「信頼」「迅速な始動」「未来への楽観」をキーワードにしたが、その言葉の背後には、現状に足りない要素への焦燥感が漂う。いずれにせよ地方経済の立場から見れば、メルツ政権100日で「政治と経済の現場で信頼を築くことと、政策を迅速かつ持続的に実行すること」という二つの大きな課題が浮き彫りになった形だ。


【私の視点】高松平藏
現在のドイツ新政権は、極右政党の支持拡大と、政治的中道の影響力の後退とセットにして理解しなければならない。2025年の連邦議会選挙では、中道右派・左派双方の支持が減少する一方で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が大幅に支持を伸ばした。2021年末に発足した前ショルツ政権は、新型コロナとウクライナ戦争という二大危機に直面し、政治的基盤が揺らいだままのスタートだった。メルツ政権の「信頼回復」と「政治的中道の再構築」が求められているが、現時点ではその兆候はわずかだ。極端な政治的分断は政権運営の基本的問題である。これを克服し、安定した中道政治を取り戻せるかどうかが今後の政権運営のカギだろう。(了)


高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら