
ドイツでは近年、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭が社会に大きな波紋を広げている。移民問題や経済格差への不満を背景に支持を拡大するAfDは、民主主義の根幹をめぐる激しい論争と分断を引き起こしている。この分断はどのような構造を持ち、なぜ解決が難しいのか。さらに、日本社会の分断と比べて何が異なるのかを考えてみたい。
2025年7月14日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
極右政党AfDの台頭と社会の分断
AfDは2013年の創設当初、ユーロ危機への批判を掲げていたが、その後、移民問題やナショナリズムを前面に出すことで急速に支持を拡大した。特に旧東ドイツ地域では、経済格差や歴史的背景もあり、AfDは強い地盤を築いている。2025年2月の連邦議会選挙では、AfDは過去最高となる20%超の得票率を記録し、極右政党として初めて大きな議席を獲得した。
この支持拡大と同時に、社会の分断も一層深刻化している。移民政策や国のアイデンティティをめぐる対立が、日常生活にも波及している。
民主主義の価値をめぐる対立、これが分断の構造だ
ドイツ社会の分断は、「民主主義とは何か」「人間の尊厳とは何か」という根本的な価値観の対立が明確に表れている点が特徴だ。
AfDの支持者には、経済的・社会的疎外感を抱える人たちが多い。特に旧東ドイツ地域では「地域アイデンティティの喪失」や「生活の不安」が背景にある。近年では都市部の若年層や一部高学歴層にも支持が広がりつつある。中道政党の影響力低下も、AfD台頭の一因だ。
AfDの主張には排外主義的要素が強く、問題を単純化する傾向がある。また、既存の政治や民主主義制度への不信を煽る側面も顕著だ。こうした主張に対し、民主主義の根幹を脅かすものとして強く反発する市民や政党も多い。私が住むエアランゲンでも、2025年2月の選挙運動でその対立が可視化された。中心市街地のスタンドでは、民主主義擁護派がAfDのブースを囲んだ。(=写真)

法治国家の原則と民主主義のジレンマ
この対立には、「民主主義を守るために、どこまで反民主的な勢力に寛容であるべきか」というジレンマがある。ドイツでは「防衛的民主主義」(民主主義を守るため、反民主的な勢力には制限を加える考え方)という理念があり、民主主義を破壊しようとする勢力には一定の制限や監視が認められている。これはナチスの歴史から学んだ教訓だ。しかし、その適用範囲や方法については議論が続いている。
例えば2024年、バイエルン州の行政裁判所は、ニュルンベルク市が「反極右連合」に加盟することは公的機関の中立性に反するとして、脱退を命じた。極右政党への反対であっても、法の下で全ての政党を平等に扱うという法治国家の原則が貫かれた例だ。
一方で、AfDの憲法違反性をめぐる議論も続いている。政党禁止は極めて厳格な条件下でのみ認められるが、禁止すれば社会の分断がさらに深まり、地下活動や過激化を招くリスクもある。防衛的民主主義の名のもとに市民の自由が制限されすぎれば、かえって民主主義の活力が損なわれるという懸念も強い。憲法擁護庁による監視指定や公的資金援助の停止など、「防衛」と「自由」のバランスが、今も社会的な議論の中心となっている。
日独分断比較と日本社会の課題

日本でも近年、外国人排斥的な言説や社会の分断が目立つようになってきた。だが、その分断のあり方はドイツとは大きく異なる。ドイツの場合、民主主義や人権といった普遍的な価値観をめぐる明確な対立軸が存在し、社会全体で「民主主義とは何か」を問い直す動きが見られる。一方、日本では分断の表面化はしているものの、その根底にある議論は必ずしも価値観の衝突というより、むしろ空気や同調圧力に左右されやすい傾向が強い。
ドイツの分断も感情や不安に根ざした部分があるが、少なくとも民主主義や人権といった価値観をめぐる議論が社会の中で可視化されている。それに対し、日本では「何を守るべきか」や「社会のルールはどうあるべきか」といった根本的な議論が、まだ十分に深まっていない印象がある。分断は歓迎できるものではないが、「分断の構造」は国によって異なることが見えてくる。(了)
主な参考文献
Bruin Political Review. (2024). The Rise of Alternative für Deutschland and Its Impact on German Democracy. https://bruinpoliticalreview.org/articles?post-slug=the-rise-of-alternative-f-r-deutschland-and-its-impact-on-german-democracy
Deutsche Welle. (2024). How should Germany deal with the far-right AfD party? https://www.dw.com/en/german-society-divided-over-how-to-deal-with-far-right-afd/a-72493309
Who Governs Europe. (2025). Dissatisfaction, fragmentation and polarization: the 2025 Bundestag elections in Germany. https://whogoverns.eu/dissatisfaction-fragmentation-and-polarization-the-2025-bundestag-elections-in-germany/
ACLED. (2025). Germany’s political polarization spills into the streets ahead of federal elections. https://acleddata.com/2025/02/17/germanys-political-polarization-spills-into-the-streets-ahead-of-federal-elections/
著書紹介(詳しくはこちら)
都市社会の民主主義についてのヒント

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。