ドイツのツーリスト文化を語る10の言葉–コラムの本文から抽出した。

日本のオーバーツーリズムを考えるうえで、ドイツの体験型ツーリスト文化の理解は大切だ。アジア系ツーリストは観光コンテンツの消費や家族・友人向けの買い物が中心だが、欧州、とくにドイツのツーリストは旅行による『体験価値』を重視する。


主体的に選び取る「体験」がもたらす持続する幸福感


この体験型文化の核心は、2025年7月12日付の新聞記事『リラックスした状態を保つために』※で科学的に示されている。記事では、旅行を「単なる休暇」ではなく、「心身の回復(リフレッシュ)と自己成長のプロセス」として科学的に捉えている。ここでの「心身の回復」とは、日々の仕事や義務、緊張から離脱し、心も体もストレスや疲労を取り除いて元気を取り戻すことを意味する。単なる体力回復にとどまらず、精神的な余裕を作り、深いリラックス状態を得ることが重要だ。

また、旅行を通じてストレスの軽減だけでなく、充実感や意味のある体験を求め、積極的に「自分のニーズに合った計画や行動」を選ぶ傾向にある。そのため、ただ長く休暇を取ることよりも、どのような活動をするかが重要だと考える。自然散策や文化的なイベント参加、地元の人との交流、新たな挑戦など、能動的に体験することが幸福感の持続につながるとされる。休暇中は仕事や日常のストレスから意識的に離れることが推奨され、旅行計画においても、自分の意思で主体的に選択することが重視される。この「主体的体験」がドイツのツーリスト文化の中核だ。


時間の手綱は「私」が握っているという感覚


このような体験を重視する背景には、ドイツ語の「自由時間(Freizeit /フライツァイト)」に注目したい。通常「余暇」と翻訳されることが多いが、概念的に異なる。

自由時間は義務や仕事から離れた「自分の自由に使える時間」であり、基本的に「時間の使い方は自分が決める」という考え方が社会に深く浸透している。これは18世紀以降、個人の自由と自律を重視する考えから発展した価値観に由来する。ドイツの生活や労働態度に影響を与えている。この価値観が、時間の使い方に対する責任感や自主性を生み、それが旅行の過ごし方にも反映されている。

この自由時間をいかに有意義に使うかが、心身の回復や自己成長、充実感のある体験を得るうえで大切だ。つまり仕事や学業を中心に「余った時間(暇)」ではなく、「自分が主体的に選択し創造する時間」としての休暇や旅行を重視する文化だ。これが旅行計画の自己決定につながり、より質の高い体験を求める動機となる。

もっとも個人的な体験から言えば、ドイツのツーリストにも「行儀の悪い」人たちもいる。それにしても、全体像としては、ドイツの体験型ツーリスト文化は、「主体的に自由時間を使い、心身のリフレッシュと自己成長を求め、意味ある体験を通じて人生の質を高めようとする旅行行動」のことを指す。これは日本のオーバーツーリズムを考察するうえで、アジア系の消費型ツーリズムと対比して重要な視点となる。(了)

※Evelyn Steinbach. (2025, July 12). So bleiben Sie erholt. Erlanger Nachrichten.


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ドイツの地方都市はどのように「都市の質」を高めているのか?


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。