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/// ニュース レポート ///
2003-01-29
“街の魅力”発信装置に
観客ニーズの変化に対応
市民が支える市営劇場 ドイツ・フュルト市
【フュルト】 ドイツ南部のバイエルン州に位置するフュルトの市営劇場が築100年を迎えた。同市の人口は10万人。小さな街でありながら市民と行政が劇場を中心に街をもりたて、さらに街の発信装置としても機能しはじめている。
フュルト市営劇場。同市は1835年、隣接するニュルンベルグとの間に独国内初の鉄道が敷かれた街として知られている。
市民が望んだ劇場
1902年につくられた劇場は市民の発意によるものだった。市民たちは寄付を募り、2人の建築家に設計を依頼した。
こうした動きの背景には、文化や教育に対する理解の深いユダヤ人が同市には多かったということが大きかった。また当時、同市は好景気。以前から劇場はあったが、経済的に勢いのある市民にとって、街そのものの文化の度合いを高めたいという意識が働いた。いわば 『旦那衆』 の発想が新しい劇場建設につながった。
そんな劇場にも約30年前に危機が起こる。老朽化により取り壊しが検討されたのだ。しかし、ここでも市民が活躍する。寄付を集めて修復費用を捻出。さらには劇場サポートのNPOをつくった。
フュルト・モデル
同劇場は運営手腕の優秀さでも知られている。
そもそも劇場や劇団をすべて丸抱えというのがドイツスタイル。劇場は生活の質を支えるために必要なもの、という考え方にもとづく市民サービスだ。実に充実した文化行政とうつるが、これは 60、70 年代の高度経済成長期に確立されたもの。数年前からはドイツの各自治体は財政難に陥っている。
そんな中、12年前に運営責任者として就任したヴェルナー・ミュラー氏が運営方法を変えた。もともと、同市は劇団やダンスグループを抱えることはなく、他市から呼び寄せるという方法をとっていたが、地元の劇団やアーティストの公演をプロデュースや共同制作するような手法もとりいれた。『丸抱え』が常識のドイツにあっては画期的な方法だった。
また、かつてドイツ人にとって劇場は生活の一部とでもいえる状況だったが、今ではテレビなどの手軽な娯楽が幅を利かせる。それに対して同劇場は演劇、オペラ、ダンス、コメディ、子供向けのものなど硬軟あわせて多くのジャンルの上演プログラムを組んだ。現代の市民ニーズにあわせたかたちだ。
マーケティングという観点からいえば、当たり前の話に聞こえるが、ドイツの劇場の歴史や既成概念からいえば、芸術の自由を大切にする傾向が強かった。こうした柔軟なプログラムづくりはそのまま、収益構造の健全化にもつながる。スタッフの外注化を進めるなど高コスト構造も改善した。今では、こうした方式を 『フュルト・モデル』と呼ばれるようになった。
地域の発信装置
さ劇場は市民の生活の質を支えるものであると同時に誇りであり、シンボルでもある。これは文化行政の『内側 』に向けた働き掛けだが、最近は『街の発信』にも劇場が一役かっている。
たとえば、10年ほど前までは劇場サポートの NPO の会員数は 600-700 人程度。しかし2001 年の段階で 2,100 人を超えた。しかも、フュルト市以外の街の人が多い。実質的な同劇場のファンが街の『壁 』を越えてやってくるのだ。(ドイツの街は城壁に囲まれている)
また、毎年秋には一般消費者向けの商品やサービスの見本市 『コンスメンタ』 が隣のニュルンベルグで行われる。フュルト市は2年前からこの見本市に出展。地元で生産される磁器などと並んで、文化フェスティバルや劇場の公演作品などを紹介しているのだ。いわば、街の魅力は何かを明確に打ち出していく戦略だ。
ところで、『文化シーンは経済発展のための一条件である』 という言い方がドイツにある。生活の質を支えるものが希薄であれば、企業も人も集まってこない、というわけだ。この言葉をつかって、同市トーマス・ユング市長は 『フュルトも経済的な発展の条件がそろっている』 と劇場 100 年祭のスピーチで言い放った。文化行政は市民サービスのみならず、都市戦略と密接に関わっていく時代にはいっている。(了)
(『別冊 週刊京都経済』 2002年12月号に掲載分を加筆修整。時系列は2002年のまま)
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2002年9月に行われた100年祭ではバイエルン州の「学問・研究と芸術」担当大臣ハンス・ツェートマイアー氏(写真左)もやってきた。右はヴェルナー・ミュラー劇場運営責任者。
【編集メモ】 主語をもつ街〜行政のボディ感覚
◆ドイツ、外国、といってもヒトは日本と同じような生活をしています。不景気と自治体・国の財政難というところまで同じ。
◆ただ、住民として、記者としてドイツの街と接していると、ドイツの街には主語が明確にあり、 『体 』をもっているような感覚を強烈に感じます。だからこそ、都市には戦略やデザインがあり、それを語る言葉もより明確です。
◆フュルト市もたかだか10万人の街ですが、なにやら 『立派にみえる』 のは何も建築物としての劇場の素晴らしさだけではないように思います。
◆今回お送りできませんでしたが、バイエルン州の『学問・研究と芸術』担当大臣が行った100年祭のスピーチの時には、『州 に属する 市 』 というよりも 『国 対 国 』 のような関係を感じさせるような雰囲気がありました。
◆この『ボディ感覚』は国単位でもいえるかもしれません。陸続きのドイツはよくも悪くも主語を明確にする必要があったのでしょう。
◆先日からシリーズで 『テロとの戦いは、イスラムとの戦いか?』 という検証番組をドイツで放送しています。最近、ドイツ・フランスがアメリカに対して明確に立場を表明したことと重ね合わせて見てしまいます。
◆いずれにせよ、日本は地方のあり方について、いよいよ本気で取組まなければならない時期に突入しています。『街のボディ感覚』というところから考えてみるのもいいかもしれません。(高松平藏)
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