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/// コラム ///

2002-12-29

 


クリスマスって何の日?
多文化時代のヒント


高松平藏
このコラムは高松個人が友人・知人に送るクリスマスおよび年賀のメールのために執筆したものです。
■教 会
 日曜日の午前中に教会へいくことは長いあいだのドイツ人の習慣だったが今ではめっきり減った。ところが12月24日だけは例外だ。私の住む地域の教会をのぞいてみたところ、500人程度は集まっているだろうか。「立ち見(?)」の人も多く、満員御礼といった込み具合である。

 教会に来た人たちの顔を見ると、少なくとも外見は白人がほとんど。エアランゲンは人口の13%が外国人。小さな街だが、私が道を歩いてもさほど違和感はない。ところが、クリスマスの教会では見事に浮いてしまう。

 ミサで行われることは、祈り、賛美歌、子供たちによるキリストの生誕の物語が語られるなど夕方4時から1時間余り。随所で「アーメン」と皆が言い、十字をきる。最後のほうに、神父さんが「クリスマスを隣の人とお祝いしましょう」というと、一斉に「メリークリスマス」といいながら近くにいる人と握手をする。心の扉をお互い開く瞬間だ。隣に立っていた女性も私の目を見ると、にこっと笑い、手をさしのべた。この時、ようやく私もミサの中にはいることができた。

教会のミサ
 ミサ終了後、出入り口のドアでお布施をすると火のついたキャンドルがもらえる。この火はベツレヘムからきた火なのだ。手でつつむようにキャンドルをもち、家族や友人と話ながら人々は家へ帰っていく。日本の地方では小正月にしめ縄などを集めて「とんど焼き」をするが、私が子供のときにも、とんどの火をローソクにうつし、その火を火種にして母と祖母が赤飯をたいていた。ベツレヘムの炎をみていると、ふとそんなことを思い出した。

■外国人
 さて、教会のミサはいやおうなしに、クリスマスがキリスト教のものであることを意識させられるが、クリスチャンでもない外国人、特に夫婦ともに外国人という場合はどうしているのだろう。

 12月24-26日号(25,26日は休刊)のエアランガーナハリヒテン紙に興味深い記事が載っていた。『クリスマスにツリーは不可欠』といったような見出しで、ドイツに住む外国人家庭を取材したものである。

 52歳トルコ人の女性の場合、24日には子供が好きな料理をつくる。宗教はイスラム教だ。子供はすでに26歳と30歳の成人だが、昔はクリスマスツリーを飾ったという。なぜなら、子供たちが幼稚園や学校に通っていると、いやおうなくクリスマスが家庭にはいってくるからだ。

 今ではクリスマスツリーを飾ることはないが、24日はは特別な日になった。家族が集まってプレゼントを交換したりドイツ人の友達に電話をかけたりするという。とりわけ『愛のお祭り』だとしている。

 もう1つのトルコ人家族の36歳のお父さんは「子供の祭り」と位置付けている。プレゼントを子供たちにあげたりするほか、彼の両親がやってきて、家族でクリスマスの夜を過ごすのだという。この家族はいわば日本式。キリスト教、イスラム教、ふたつの宗教の行事をおこなっているわけで『私たちは2倍のお祭りがある』と肯定的だ。

■エアランゲンのトルコ人作家
 そういえば、と思い出すのが、友人のトルコ人作家が91年に出版した絵本だ。ドイツに住むあるトルコ人の家族のお話。小さな女の子が両親に「どうして私たちにはクリスマスがないの」と迫る。

 どうしてもクリスマスツリーが欲しい女の子。 「私たちのお祭りも、ドイツ人のお祭りもお互いに分けっこすればいいでしょう」という言葉に父親はどきっとるする。

 この絵本はトルコ語とドイツ語のテキストがあり、最近は小学生用のドイツ語の教科書にもテキストの一部が使われているそうだ。ちなみに実現したかどうかは未確認だが、数年前に日本の出版社からも翻訳出版の問合せがあったそうだ。

 さて、9月11日のテロ以降、ドイツの学校でもマルチカルチャー(多文化)に対する関心が高まったが、案外、見るべきは、外国に住んでいる人間がどういうふうにその土地の習慣や宗教に基づく行事とつきあっているかということかもしれない。

 わが家はというと、今年のクリスマスはドイツ式でもりあげたが、お正月をどういうふうに演出しようかと考えている。(了)


ベツレヘムの炎


私(高松)の実家近くで行われる『とんど焼き』。ベツレヘムの炎を見ると思い出す。

 

 

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