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/// インタビュー///

2002-08-27

 


ドイツの街もアメリカンナイズされてきました
          
元米軍勤務医師の妻 ジル・ドノバンさん(52歳)

 


グローバル化が進むなか、しばしば『グローバルスタンダード=アメリカ』と指摘される。それに対して歴史の深さを背景に成熟した社会をつくろうとしているのがEU諸国だ。ドイツもそのうちの1つだが、以前に比べると市民生活にアメリカの影響はじわじわと及んでいる。このほど、アーティストとして活動しているアメリカ人、ジル・ドノバンさんに話を聞いた。同氏の夫は元米軍勤務の医師。駐留軍としてドイツに住んだ経験をもつ。(聞き手は高松平藏)

──いつごろ、ドイツに住んでいましたか。
「1978年から3年間です。ドイツ南部のGrafenwoerという街でした。夫が軍隊からの奨学金を貰っていました。したがって、奨学金支給終了後は米軍に勤務しなければならなかったのです」
「当時、私はアメリカで平和運動のグループのメンバーとしても活動していました。決して軍隊そのものに反対していたわけではありませんが、それでも夫の米軍勤務というのを受け入れるのは難しい立場でした。加えてドイツに移った時期はちょうど出産予定の2、3カ月前。つらい時期でした」

──当時の街の様子は?
「(夫が軍人ではないので)住んでいたところは普通の共同住宅でした。1階がドイツ人の大家さん。2階が私達、屋根裏部屋に大家さんの息子、当時16歳ぐらいだったでしょうか。とにかく、私はできるだけドイツ人と接触することを望みました」
「印象的だったのは、隣のドイツ人の家族。土曜日になるとお父さんが愛車のメルセデスをピカピカにしていました。それで、日曜日に教会へ行ったあと家族でちょっとしたドライブを楽しんでいましたね。こういうパターンの家族は当時多かったようです」

──ドノバンさんは白人。ドイツの街では違和感がなかったのでは?
「夫がイタリア系で頭髪が黒く、皮膚もやや浅黒い。レストランに入ると店員に無視されることがありました。どちらかといえば私に似た子供のことを『夫の子供ではない』といわれることもありました」

──服装などはどうですか?
「みんな、きれいでしたね。いわゆる民族衣装のようなものを多くの人が着ていました。今はジーンズにTシャツという姿がよく目につく」
「音楽も当時はローリング・ストーンズやデビット・ボウイといったイギリスのポップス、ロックをよく耳にしました。アメリカのアーティストといえばフランク・ザッパぐらい。それが、今ではMTV(ミュージックテレビ)が流行り、アメリカのアーティストが多いですね」

──テレビ番組なども変わったとよく聞きます。
「そうですね。テレビも当時は3チャンネルしかなかった。しかも午後2時ごろから夜12時ごろまでの放送。コマーシャルも少ないでした」
「今のテレビといえば、チャンネルがかなり多い。コマーシャルも増えている。番組はというとひどいものが増えている。とりわけ日本のもの。もっともひどいと思われる番組がドイツにきている」
「ドイツの市民社会はかわりましたね。4半世紀のあいだにアメリカの文化がずいぶん生活の中にはいりこんでいるように思います」


≪取材メモ≫  マルチ・カルチャー化とアメリカ化
●ドイツはゲルマン民族の文化が背景にできた「血統社会」。ところが、現在は全人口約8000万人に対して400万人の外国人が住む。ドノバンさんの夫が受けたような偏見は急速になくなっている。

●一方、当時ドイツに駐留していた米軍は約30万人。「アメリカ文化の伝導団」としてみれば、その影響は容易に想像できる。

●レイプ事件など暗い面もあった。街のバーには「オフ・リミット」という看板のついたところが多く、街全体が米軍立ち入り禁止というところもあった。南ドイツに位置するエアランゲンでは、毎年行われるビール祭りに一時的にMP(ミリタリーポリス)が厳しく米兵を監視していた時期もあった。(了)

 

 

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