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インターローカル ニュース |
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/// 評 論 /// |
2001-09-23 |
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インターローカル戦略 第8回 共通言語を探せ 社会的技術としてのIT |
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【週刊京都経済 2001年9月10日掲載】インターローカルな視点を地域戦略としてもつには、地域内の対話を活発化する必要がある。ところが、これまでの地域社会は崩壊し、対話のための共通言語がますますなくなりつつある。 面白いことに、日本で人間集団の定義が2種類混在する。「社会」と「世間」だ。どちらも同義でつかわれることがよくあるが、その違いはなんだろうか。歴史学者の阿部謹也さんの説にならえば、「社会」とは個人の集合体、「世間」は、なんらかの既存の枠の中で人がいるというかたちだ。つまり、個人は枠にあわせていくような生き方が必要だった。 ムラ社会の本質は「世間」だといえるが、コミュニティとして機能している頃は「義理と人情」という考え方があった。ところが、義理ばかりが残るムラが増えた。これでは息苦しいだけで、コミュニティとしても成り立たない。 その一方で、日本には個人主義が定着したと見る向きもあるが、むしろ「好き勝手やってもいいんだ」という個別主義が進んだと見たほうがいい。個人主義といったときに「私がいるから他者もいる」という意味が含まれてくる。しかし個別主義には「自分」しかない。これでは他者との対話という考え方は生まれにくい。つまり、コミュニティを成立させていくための共通言語がない。 さらに、本当に言語がばらばらになってきている。内なるグローバル化である。朝鮮半島系の従来の「在日」とは異なる外国人が増えている。これはドイツでも直面している問題だ。 クオリティ・オブ・ライフを重視した政策など、ドイツの地域社会のあり方は日本から比べると参考にすべきことは多い。「私」と他者の対話があり、「社会」とか「公共」という空間をきちんと作りえたからだといえる。しかし、対話が成り立ったのも、ゲルマン民族の歴史やキリスト教といった共通の文化が背後にあったことが大きい。今では全就業人口の10%が外国人。地域社会での摩擦が出る可能性は常に秘めている。 例えば、ドイツ人の日曜日の午前中は教会でのミサの時間だ。そのせいか、教会に行かない人でも静かにすごしている。しかしながら、トルコ人が多く住む地域では朝から楽器演奏などをするなど賑やかだ。マルチ・カルチャーの社会で共通言語の空間をつくるのが難しさは想像にかたくない。 一方で民族や宗教を超えた共通言語の空間をつくる可能性のあるツールもでてきた。 アメリカで作成された「マトリックス」は、情報化という視点から地域を評価していく計測ツールだ。情報化は地域のインフラという位置付け、その充実化をはかることが目的になる。 共通言語が生まれてくる可能性があると思われるのは評価の過程だ。評価のためにはまず、地域内全ての「情報化」の状態を集約していく必要がある。したがって全てのセクター、つまり企業、行政はもとより、地域内に居住する全ての人の協力が不可欠だ。共通の目的を持ち、共同作業という体験がいやおうなく生じる。これは共通言語が生まれるきっかけになるかもしれない。 このツールは「J-マトリックス」として日本でも導入されつつあるが、多文化国家のアメリカの地域で機能してきたことに大きなヒントがありそうだ。(つづく) |
ドイツではトルコのテレビ局も見ることができる。写真はトルコ版の「セサミストリート」。 |
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