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インターローカル ニュース |
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/// 評 論 /// |
2001-08-02 |
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インターローカル戦略 第3回 辞書がない! 対話の仕組みと能力 |
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【週刊京都経済 2001年7月30日掲載】 ネットワーク技術がここ数年で格段に進歩した。そして「だからこそフェイス・トゥ・フェイスが重要だ」という話になる。 ITと対面式の対話を政治に取り込んだのが小泉内閣だ。200万人以上の国民とメールマガジンを通じてオン ラインでつながった。そして、内閣閣僚によるタウンミーティングは、ネットを離れて直接交流する「オフ ライン ミーティング」というわけだ。竹中平蔵・経済財政担当相はこれを「民主主義の実験」と位置付けた。新しいコミュニケーションのかたちだ。 ところが、ここで落とし穴になるのが人々の対話能力だ。単語をきちんと定義し、概念を用いて対話をすすめ、文脈を構築するコミュニケーションを行なえる人が少ない。だから、人々の「対話能力」という面からいうと、地方分権もいささか危なっかしい。 |
ドイツでは広場にたてられた「政党屋台」で週末になると積極的な対話が展開される。 |
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民主主義が地域社会のオペレーションシステムだとすれば市町村レベルの公職につく人は決して民主的に「選ばれた人」ではない。声の大きい人がわけもなく多くの役職についていることがよくある。極端な言い方をすれば、民主主義というよりもマフィアの理論で決まっていく。だから、議員の選出も政策本位というよりも「世間の世話係」「もめごとの解決役」といったような人が出てくるケースがある。 福岡県でNPOなどの運営にも関わる大学教授は「組織内での言語がない」といって嘆く。ところが、「市民運動=反対運動」が中心だったころは、コミュニケーションのための言語があったという。つまり反対の対象があれば、対話の基点ははっきりしている。しかし、なんらかの理念をうちたて、事業化するとなると問題意識の共有化から必要だ。阿吽の呼吸だけでよかった時代はとうに過ぎ去っている。お互い外国人だと思って話をしたほうがいい。ちなみにカルロス・ゴーン氏をトップに迎えた日産では、経営用語の定義集のようなものを社内で共有しているそうだ。地域社会にも共通の「辞書」がいる。 ところで、対話のともなった民主主義の実際とはどんなものか。ドイツの広場が1つの象徴にみえてくる。 日本の選挙運動といえば、街宣カーで住宅街をまわる。いわば、一方的にプライベートな空間に候補者のアピールが闖入する。投票日前の「最後のお願いにまいりました」というダミ声にいたっては単なる騒音だ。 それに対してドイツ、街の広場に週末になると各政党が仮設テントをたてる。「政党屋台」が並ぶあんばいだ。そこで通り行く人々が候補者やスタッフとかんかんがくがくやる。政治と生活が地続きで、対話が生まれやすい。 とはいえ、日本でも人々の対話能力が発揮されるケースも出てきた。今月7日に奈良県で行なわれたタウンミーティングでは、やじや一方的な抗議発言、陳情などもあったが、提案型の発言が県民の席から多く飛び出した。竹中経済財政担当相は「双方向の対話ができた。これなら『大丈夫だ』と思った」と感想を述べた。(つづく) 【コメントいただきました】 ◆数年前から感じている(佐野充照さん 京都西陣、町家倶楽部執行部) 対話能力がないというのが、これからの民主主義の実験にとって最大の難関とは、実に正解です。 大学教授から一般学生に至まで、「横文字」でわかったようなわからないような、言葉を使う。けれど、ことばと実体がまったく分離していて、個人的格差が激しすぎて、対話にならない。 このことを数年前から実感しています。 ・・・・「週刊京都経済」の購読はこちら http://www.kyoto-keizai.co.jp/ |
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