【大阪】舞踊家、竹の内淳さん率いる
Company
JINEN が、このほどパリのフェスティバルに出演した。プロデューサーとして同行した大谷
燠さんに公演の様子や劇場と都市の関係について話てもらった。(聞き手は、高松平藏)
──パリへはいつ行かれたのですか。
「昨年の10月19日から11月2日までです。『
Festival
Extreme Orient 2000 』というフェスティバルに
Company JINEN が出演しました。市内の劇場と大使館で計6回。いずれも70-80人の客席数の小規模なところでしたが、全て満席。ジャーナリストなども来ており、そのうちの1人が『(ステイタスのある)市民劇場に出ても大丈夫だ』と太鼓判を押してくれました」
──1960年代に日本で確立した前衛舞踊、『舞踏』がパリでは人気のようですね。竹の内さんも舞踏がルーツです。
「ここ数年、日本では舞踏が衰退していると言われることがあります。しかし、パリではカテゴリーとして明らかに成立しているようです。制作的にも、『舞踏』とジャンルを明記したほうが集客がいい。この1年ぐらいのうちに、大野一雄さんや山海塾、室伏鴻さんといったアーティストがパリでの公演予定があるようですね」
──制作の立場として印象深いことはありましたか
「パリには公営の劇場が多いのですが、私営のものもある。そんな中の1つに古い倉庫を利用したホールがありました。興味深いのはそんなホールにもアートアドミニストレーター、つまり制作などをいろいろ担当する人ですが、こういう人がきちんといる。しかも、人件費などに公共の資金が動いている」
「お客さんを見ると子供からお年よりまで、様々な層の人が来る。年間のプログラムもきちんとしています。地域に密着しているということを感じました」
──なるほど、これだと、公費が私営劇場に流れても説得力があります。
「そうですね。他の小劇場も訪問しましたが、年に一度は地域の人に無料開放することがあるそうです」
「こういうことができるのは、都市構造のせいでしょう。大阪などは昼間と夜の人口が随分ちがいますが、パリにはきちんと住人がいる。都市が劇場を育てているということをたいへん感じました」(了)
大谷 燠 (おおたに いく)さん
トリイホール(大阪市中央区)のプロデューサー。同ホールで1996年から行なわれている舞踊公演シリーズ「DanceBox」のプロデューサも兼任している。
(2000年11月18日付発行「DANCE BOX通信」掲載分を修整)
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